プウルの傍で (在泳池畔)
中島敦 (中岛敦)
一
【日】 グラウンドではラグビイの選手達が練習をしていた。彼等は黒地に黄色の、縞しまのユニフォオムを着けていた。それは何となく蜂のような感じを与えた。次から次へと球を渡しながら、十人ばかり横に並んだのが一斉にグラウンド一杯に走り出して、パススィングの練習をはじめた。と、又、それが密集してドリブルの稽古に移ったりした。陽は斜めに、丘の上にある昔の韓国時代の仏蘭西フランス領事館の赤い建物の上に傾いていた。まだ暮れるには間があった。
【中】 操场上,橄榄球选手们正在进行训练。他们穿着黑底黄条纹的队服,莫名给人一种仿佛是蜜蜂般的感觉。十来个人横排成一列,一边接连不断地传球,一边齐刷刷地跑遍整个操场,开始了传球练习。紧接着,他们又密集起来转入带球练习。夕阳斜斜地倾泻在山丘上那座昔日韩国时代法国领事馆的红色建筑上。离天黑还有一段时间。
【日】 グラウンドに続いた丘を少しのぼると、そこには小さなプウルが出来ていた。三造が此の中学校の生徒だった頃、そこは確か葱ねぎ畑であった。教練を済ませて、鉄砲の油と革の交った匂をかぎながら、銃器庫の方へ帰って行くとき、彼はいつも、その場所に、細い青い葱が植わっているのを見たようであった。それが今はプウルになっている。ごく最近出来たものにちがいなかった。二十五米に十米の小さなプウルであった。周囲にはずっと丸い石が敷かれていた。水はあまり澄んでいなかった。コオスの浮標はみんな上げられて、石の上に長々と伸びていた。真黒な顔をした、三造よりもずっと大きな中学生が一人立っていた。上は海水着で、下は制服のズボンをつけていた。三造が近づくと、その少年は一寸ちょっと頭をさげた。
【中】 顺着与操场相连的山丘稍微往上走,那里建起了一个小小的游泳池。三造还是这所中学的学生时,那里分明是一片葱田。每次上完军训课,闻着枪油和皮革混合的气味向军械库走去时,他似乎总能看到那个地方种着细细的青葱。如今,那里却变成了游泳池。肯定是最近刚建成的。那是一个长二十五米、宽十米的小池子。四周铺满了圆圆的石头。水不太清澈。泳道的浮标全被拉了上来,长长地瘫在石头上。一个脸庞黝黑、个头比三造大得多的中学生站在那里。他上身穿着泳衣,下身穿着制服裤子。三造走近时,那少年微微低了低头。
【日】 「先輩ですか?」
【中】 “是学长吗?”
【日】 「ええ」と、答えて、三造は一寸気恥ずかしいものを感じた。
【中】 “嗯。”三造回答道,心里感到一丝羞怯。
【日】 「もう、ウォオタア・ポロの練習もすんだですから、どうぞ、泳がれてもいいです。」
【中】 “水球练习已经结束了,您请下水游吧。”
【日】 その、ぶきっちょな、何処か兵営での、それに似た言葉遣いが、三造に、彼自身の昔の、この学校での生活の匂をひょいと嗅がせるのであった。彼は返事を口の中でしながら、それでも上着のボタンを外しにかかった。自分の生っ白い、痩せた身体が、その中学生に対して恥ずかしかったので、着物を脱ぐと彼は直ぐに水に飛込んだ。水はなまぬるく、そして意外にも浅かった。彼のせいが丁度立つ位であった。こんな丈せいの立つ所で、ウォオタア・ポロの練習が出来るのかしらん。彼はそれを言おうと思って、上にいる、さっきの中学生の姿を求めた。少年は、だが、最早居なかった。ラグビイの方でも見に行ったのであろう。三造は水の上にあおむけに寐て浮んだ。彼は深く息を吸った。空は青かった。そろそろ夕方らしい透った藍色が加わって、その隅っこに、黄色く陽に染った小さな雲の一片ひとひらが浮いていた。彼はフウーッと息をはいた。生ぬるい水が耳のあたりをぴちゃぴちゃ音をたてながら、くすぐっていた。彼はじっと眼を閉じた。まだ身体がゴトゴト揺れているように感じていた。この一週間ほど、毎日汽車に揺られ続けていた其の感じが未だに残っているのであった。満洲旅行からの帰途、道を朝鮮に取った三造は八年ぶりで京城の地を踏んだ。そうして真先に、自分が四年の月日を其処で過した中学校の庭を訪れて見たのである。
【中】 那种笨拙的、不知怎么带有几分兵营色彩的遣词造句,让三造恍然嗅到了自己昔日在这所学校生活的味道。他嘴里含糊地应着,但还是开始解开上衣的扣子。在这个中学生面前,他为自己苍白瘦削的身体感到羞耻,所以一脱下衣服,他就立刻跳进了水里。水温吞吞的,而且出乎意料地浅。刚好能让他站直。在这么浅的地方,也能练习水球吗?他想把这个疑问说出来,便去寻找刚才上面那个中学生的身影。然而,少年已经不见了。大概是去看橄榄球了吧。三造仰面躺在水面上浮着。他深吸了一口气。天空湛蓝。渐渐染上了一层属于傍晚的清透靛蓝,在角落里,浮着一片被夕阳染黄的小云彩。他长长地呼出一口气。温吞的水在耳边发出“吧嗒吧嗒”的声响,痒痒的。他静静地闭上眼睛。他感觉身体似乎还在咯噔咯噔地摇晃着。这一周左右,每天都在火车上摇晃的感觉依然残留在体内。从满洲旅行归来,三造取道朝鲜,时隔八年再次踏上了京城的土地。然后,他首先造访了自己曾度过四年光阴的中学校园。
【日】 一昨日の真昼、奉天ほうてん駅の待合室は堪えがたく暑かった。暑い空気の中を銀蠅がうるさく飛んでいた。桃の木の下に、前髪を垂れた支那美人の立っているビラを、十四五の露西亜ロシア少年が見上げていた。彼の髪は美しい金色で半ズボンの下から見える脛がすなおに細かった。それは何かしら男色を思わせる美しさであった。そのビラに書かれてある支那文字が何を意味するかは、そのロシアの少年にも、三造にも解らなかった。ただ、その紙の一番下には大きく横文字で MUKDEN と記されていた。それだけは少年にも読めたと見えて、「ムクデン」「ムクデン」と誰にいうともなく少年は大きな声で繰返した。それから、ひょいと後を向いて、三造の視線にあうと、その独り言を咎められでもしたかのように、あわてて眼を転じた。美しい、乞食のような灰色の眼であった。
【中】 前天正午,奉天车站的候车室热得令人难以忍受。绿头苍蝇在炎热的空气中烦人地飞来飞去。一个十四五岁的俄罗斯少年正抬头看着一张海报,上面画着一位垂着刘海的中国美人站在桃树下。少年的头发是美丽的金色,半截裤下露出的双腿笔直纤细。那是一种不知怎的会让人联想到男色的美。海报上写的汉字是什么意思,那个俄罗斯少年和三造都不明白。只是,在纸的最下方用很大的横排字母写着 MUKDEN。看来只有这个是少年能看懂的,他大声地重复着“木克敦”、“木克敦”,也不知道是在对谁说。然后,他突然转过身,和三造的视线撞个正着,仿佛是自言自语被人责备了似的,他慌忙移开目光。那是一双美丽的、像乞丐一般的灰色眼睛。
【日】 三造と並んで、赤いワンピースを着け黒い地の透いた帽子をかぶった十六七の少女が一人腰掛けていた。支那の金持らしい老人と、中年のロシヤの女が、三造と向い合った椅子に並んでいた。二人とも同じように肥って、同じように鼻の頭に汗をかいていた。突然、ロシア女の方が立上って此方へ来ると、三造の隣りの少女に向って英語で時間を訊ねた。少女は困ったような顔をして、妙に間の抜けた笑いを浮べながら、でもとにかく質問の意味は解ったらしかった。彼女は答のかわりに自分の腕時計を相手に見せた。相手はそれに満足して、サンキュウと言いながら帰って行った。少女は三造の方を見ると、顔を赧あからめながらきまりの悪そうな微笑を見せようとした。三造は横を向いた。そこの壁には「小心爾的東西」の紙がうす汚れていた。ピストルのケースをさげた日本の憲兵が時々入口から中をのぞきに来た。
【中】 三造旁边,坐着一个十六七岁的少女,她穿着红色连衣裙,戴着一顶黑色透明的帽子。一个看似中国富翁的老人和一个中年的俄罗斯女人,并排坐在三造对面的椅子上。两人都一样胖,鼻尖上都一样冒着汗。突然,那个俄罗斯女人站起来走到这边,用英语向三造旁边的少女询问时间。少女露出了为难的表情,浮现出一种奇怪而呆滞的笑容,但总算明白了问题的意思。她没有回答,而是把自己的手表亮给对方看。对方对此很满意,说了声“Thank you”便回去了。少女看向三造,脸涨得通红,试图挤出一个难为情的微笑。三造却把脸转到了旁边。那里的墙上贴着一张写有“小心尔的东西”的纸,已经有些脏了。腰间挂着手枪皮套的日本宪兵时不时从入口处探头往里看。
【日】 突然、水が鼻から少しはいった。鼻のしんが刺すように痛んだ。彼は底に足を着けて立って強く鼻をつまんだ。それから又泳ぎはじめた。一つタァンをすると、もとの所へかえって来て、再びあおむけになって浮んだ。遠くで鐘の音が響いた。寄宿舎の夕食の鐘にしては少し早すぎるようであった。空には先刻さっきの黄色い小さな雲が見えなくなっていた。蜻蛉とんぼがすいと、彼のすぐ顔の上を掠かすめて行った。
【中】 突然,一点水呛进了鼻子里。鼻腔深处刺痛起来。他双脚踩到底站直,用力捏了捏鼻子。然后又开始游了起来。一个转身,游回原处,再次仰面浮在水上。远处响起了钟声。若是宿舍晚餐的钟声,似乎有些太早了。天空中,刚才那朵黄色的小云彩已经不见了。一只蜻蜓轻盈地从他脸的正上方掠过。
【日】 三造の記憶の中で、一昨日通った奉天と、八年も前に、彼がこの中学校の生徒だった時分、修学旅行に行ったときの奉天とが混まじり合っていた。駅の食堂で、黄色い袈裟けさを着た日本の老いた坊さんが、剃りたての真蒼な頭をした小僧をつれて、巧みにナイフとフォオクを操りながらビフテキを喰べていた。それは一昨日のことであったか。それとも八年前の記憶であるか。それを考えるのさえ、彼には今はものうかった。彼は眼を瞑つむり、先程まで、水際のアカシアの葉を洩れて、うすく落ちていた夕方の日影が、この時、ほっと消えて、あたりが急に、うすら青い影にはいったのを、閉じた眼蓋の裏から、ぼんやり感じながら、水に浮んでいた。
【中】 在三造的记忆中,前天路过的奉天,与八年前他还是这所中学的学生时修学旅行去过的奉天,混淆在了一起。在车站的餐厅里,一个穿着黄色袈裟的日本老和尚,带着一个刚剃过头、头皮泛青的小沙弥,熟练地挥舞着刀叉吃牛排。那是前天发生的事吗?还是八年前的记忆?现在连去想这些,他都觉得倦怠。他闭上眼睛,刚才还透过水边相思树的叶子、淡淡洒落在水面上的夕阳斜影,此刻悄然消退,周围骤然笼罩在一层淡青色的阴影中,他透过闭着的眼睑,朦胧地感受着这一切,漂浮在水面上。
【日】 その修学旅行は、中学生の彼等にとって、かなりな小遣いを持たせられて、家から離れて自由に振舞うことの出来た殆ど最初の機会であった。彼等は興奮し、はしゃいでいた。旅行のさきざきには、彼等にくらべて見て、ほんの僅かの自分達の優越を、彼等に対して、常に示したがっている先輩達がいた。彼等は後輩の少年達を連れて、料理屋や酒場を歩きまわった。色々な形の、様々な色彩のラベルを貼った酒壜が薄暗い棚に並び、その前に赤黒く光ったソオセエジがぶらさがっていたりする。そしてその下で、黒い褐色の鬚の中に大きなパイプを突込んだ、亡命の白系露西亜人らしい赭あから顔の爺さんが灰色の上衣ブルーズを着て立っている。そういう異国的な酒場の風景が、中学生の三造にはたまらない魅力であった。彼なんかとは話もしないで、先輩ばかり相手にしているロシア女の、黒く太い植え睫毛や、緑色に深くとった眼のくまや、腋臭わきがくさい肩から、むき出しになっている女の腕の、銀緑色の生毛などを、如何に少年らしい興奮を以て、彼は眺めたことであったろう。一かどの冒険でもした気になって外へ出ると、のぼせた眼に、初夏の星がひどく美しかった。その頃彼等の間には「解剖」という性的な悪戯いたずらが流行っていた。酒と興奮とに酔った顔を隠しながら教師の眼をぬすんでこっそり宿屋にかえると、その悪戯で大騒ぎであった。それを恐れる少年は、旅行中、汽車の中でも網棚の上に上って寝た。教師も仕方なしに黙認して苦笑していた。「教師せんせいもやってやれ。」と誰かが言った。「よせよ。汚ないだけだよ。」と誰かが答えて、みんなで笑った。奉天を発つ晩は美しい夕方であった。駅前へ集合する時間の少し前、彼は、一番親しかった友達と二人きりで裏通りのレストランにはいって行った。全く美味うまいビフテキであった。血がたらたらと垂れて、厚さが一寸近くもあったような気がした。レストランを出ると、外はひどく晩おそい日の暮であった。駅からすぐに拡っている郊外の野原がだだっぴろく、空はまだ明るかった。教師の吹く集合の笛が、がらんとした駅前の広場に悲しげに響いた。
【中】 那次修学旅行,对当时还是中学生的他们来说,几乎是第一次带上相当数额的零花钱,离开家能够自由行动的机会。他们兴奋不已,欢闹雀跃。在旅行的各个去处,总有一些前辈,喜欢在他们面前展示自己哪怕只有一星半点的优越感。前辈们带着这些后辈少年,在餐馆和酒吧里四处转悠。形状各异、贴着各种颜色标签的酒瓶排列在昏暗的架子上,前面有时还挂着闪烁着黑红色光泽的香肠。在这下方,一个像是流亡白俄的红脸老头,穿着灰色上衣,黑褐色的胡须里塞着个大烟斗,站在那里。这种异国情调的酒吧风景,对中学生三造来说有着无法抗拒的魅力。那些俄罗斯女人根本不理睬他,只顾着招呼前辈们。她们那又黑又粗的假睫毛,涂得深绿色的眼影,散发着狐臭味的肩膀,还有裸露在外的女人手臂上银绿色的汗毛……他是怀着怎样一种少年特有的兴奋去注视这些的啊。感觉自己就像进行了一番大冒险似的,走出店外,在发热发胀的眼中,初夏的星星显得格外美丽。那时在他们之间,正流行一种叫做“解剖”的性恶作剧。他们掩饰着因酒和兴奋而涨红的脸,避开老师的目光偷偷溜回客栈后,便因为这种恶作剧闹翻了天。害怕这恶作剧的少年,在旅行途中,连在火车上都爬到行李架上去睡。老师也无可奈何,只能苦笑着默认。“给老师也来一下。”有人喊道。“算了吧。只会弄脏手。”有人回答,大家都笑了起来。离开奉天的那天晚上,是一个美丽的傍晚。在车站前集合时间的前一会儿,他和一个最要好的朋友两个人,溜进了后街的一家餐厅。那牛排简直美味极了。血水滴滴答答地往下淌,感觉足有一寸厚。走出餐厅,外面已经是夜色深沉的暮色了。从车站延伸开去的郊外原野空旷辽阔,天空却依然明亮。老师吹响的集合哨声,在空荡荡的站前广场上悲凉地回荡。
二
【日】 誰かプウルの縁を歩いて行くものが小石をとばしたと見えて、ボチャンと小さな音が、彼の足のさきの方で聞えた。と、腕を胸の上に組んで浮んだまま、ぼんやり空に向けていた彼の視線の片隅を、細長い竿の影がとおって行った。ひょいと首を向けて見ると、それは棒高跳のポォルであった。肩の所で袖の切れたユニフォオムを着た、背の高い一人の少年がそれをかついで、プウルの縁伝いに通って行くのである。そのあとから、もう一人、眼鏡をかけた背の低い少年が、これは両手に一つずつ円盤をさげてついて行った。三造は、彼が中学の四年のとき、何かの機会から柄にもなく急に棒高跳の名手になりたいと思い立って、一人で練習をはじめたことを憶い出した。その競技のフォオムの美しさが、気まぐれな彼を惹きつけたのでもあったろう。人に笑われるのがいやさに、彼は誰にも教わろうとはしなかった。ひとりで、こっそりと自家うちの物干竿を持出して、人のいない頃を見すましては、近くの小学校の運動場で練習したのであった。勿論、友達にも誰にも話しはしなかった。三米近くも跳とべるようになってから、みんなを驚かしてやろうと思ったのである。が、結局、竹竿の刺を掌に何度か突立てたのち、彼のポォル・ヴォオルトは二米位で止ってしまった。
【中】 似乎是谁走过游泳池边缘时踢飞了一颗小石子,扑通一声微响,在他脚尖的方向传来。紧接着,他双手抱在胸前浮在水面上、呆呆地望着天空的视线一角,一根细长竹竿的影子掠了过去。他猛地转头一看,那是撑竿跳的撑竿。一个高个子少年,穿着肩膀处剪断袖子的运动服,扛着它,沿着游泳池边缘走过。紧随其后,另一个戴着眼镜的矮个子少年,两手各提着一个铁饼跟在后面。三造想起了他中学四年级的时候,因为某个契机,突然不自量力地想要成为一名撑竿跳高手,于是便一个人开始练习起来。或许是这项运动优美的姿势,吸引了反复无常的他。因为害怕被人嘲笑,他不愿向任何人请教。他一个人偷偷地拿出家里的晾衣竿,趁着没人的时候,在附近小学的操场上练习。当然,他没有告诉朋友,也没有告诉任何人。他打算等能跳将近三米高的时候,再让大家大吃一惊。但结果,在手掌被竹竿的毛刺扎了几次之后,他的撑竿跳就停滞在两米左右了。
【日】 その頃彼ははじめてハモニカを吹くことを覚えた。夕方になると、その金属の冷たい手触りを喜びながら、植民地の新開地じみた場末の二階の窓から、茜あかね色の空を眺めてはハモニカを吹くのであった。彼は十七歳であった。一匹の黒猫を例外として、彼は誰をも愛さなかったし、又誰にも愛されなかったように思われる。それは中学四年の奉天旅行から少し後のことであった。
【中】 那段时间,他第一次学会了吹口琴。一到傍晚,他便享受着那金属冰冷的触感,从殖民地新区般偏僻的二楼窗口,眺望着茜色的天空,吹起口琴。那时他十七岁。除了那只黑猫,他似乎不曾爱过任何人,也不曾被任何人爱过。那是中学四年级去奉天旅行之后不久的事。
【日】 三造は彼を生んだ女を知らなかった。第一の継母は、彼の小学校の終り頃に、生れたばかりの女の児を残して死んだ。十七になったその年の春、第二の継母が彼のところに来た。はじめ三造はその女に対して、妙な不安と物珍しさとを感じていた。が、やがて、その女の大阪弁を、また、若く作っているために、なおさら目立つ、その容貌の醜くさを烈しく憎みはじめた。そして、彼の父が、彼なぞにはついぞ見せたこともない笑顔をその新しい母に向って見せることのために、彼は同じく、その父をも蔑み憎んだ。その頃五つ位になっていた腹異いの妹に対しては、彼自身に似た、彼女の醜い顔立の故に、之を憎んでいた。最後に、彼は、彼自身を――その醜い容貌を――最も憎み嫌った。近眼でショボショボして、つぶれそうな眼や、低くて、さきの方ばかり申しわけのように上を向いている小さな鼻や、鼻より突出している大きな口や、黄色い大きな乱杭歯らんぐいばや、それらの一つ一つを、彼は毎日鏡を見ながら呪った。それに、その青黒いがさがさした顔には到る処に面皰にきびが吹出していた。時々、腹を立てた彼は、まだ若い面皰を無理につぶして血膿を出させたりした。
【中】 三造没见过生他的女人。第一任继母在他快小学毕业时,留下一个刚出生的女婴便去世了。十七岁那年的春天,第二任继母来到了他家。起初,三造对这个女人感到一种莫名的不安和新奇。但不久,他开始强烈地憎恶起那个女人的大阪口音,以及她那为了装嫩而显得更加突兀的丑陋容貌。而他的父亲,对着这位新母亲露出了对他从来不曾有过的笑容,就因为这个,他也同样鄙视和憎恨他的父亲。对于当时大概五岁的同父异母的妹妹,因为她有着和自己相似的丑陋面容,他也憎恨着她。最后,他最憎恨、最厌恶的,是他自己——他自己那丑陋的容貌。因为近视而总是眯缝着、快要睁不开的眼睛,扁平塌陷、只有鼻尖敷衍般向上翘起的小鼻子,比鼻子还要突出的血盆大口,又黄又大的参差不齐的牙齿——他每天照着镜子,诅咒着这一切。此外,他那青黑粗糙的脸上到处都长满了青春痘。有时,他会在生气时,强行挤破还未成熟的痘痘,让里面流出脓血来。
【日】 ある朝、父が、新しい母のこしらえたおみおつけを賞めるのを聞いて、三造は顔色を変えた。今まで、父はおみおつけなどを少しも好まなかったことを三造は良く知っていた。彼は自分が恥ずかしい目に逢ったように感じて、急に箸をおくと、お茶も飲まないで、鞄をさげて、外へ飛出した。もう家うちの奴なんかと口はきくまい、と彼は考えていた。家族と口をきいて、後で後悔か羞恥かを感じなかったためしはない、と彼は思った。
【中】 某天早晨,听到父亲称赞新母亲做的味噌汤,三造变了脸色。三造很清楚,在此之前,父亲根本就不喜欢喝什么味噌汤。他感觉自己仿佛遭受了羞辱,猛地放下筷子,连茶都没喝,提起书包就冲出了家门。他暗自思忖,再也不和家里那些家伙说话了。和家人说话之后,他没有一次是不感到后悔或羞耻的。
【日】 夜になると、彼は、小学校の時から飼っていた大きな黒猫を抱いて寝た。その真黒な獣がゴロゴロと咽喉のどを鳴らすのを聞きながら、その柔かい毛の感触を咽喉や顎のあたりに感じながら、彼は毎晩寝に就いた。そのような時だけ、彼は、その肉身に対する軽蔑や憎悪を辛うじて忘れることが出来た。決心した通り、彼は決して家族と言葉を交さなかった。彼は、何とかして彼等の破廉恥に対する罰を与えてやろうと考えていた。その一つとして、彼は、自分の学校の成績を悪くしようと考えた。彼は、不思議に学校の成績だけは良かった。父はそれを人に誇っていた。それさえも彼には腹立たしかった。父が彼を学校に通わせているのは、この小さな虚栄のためだと彼は考えた。その上、この父の容貌が――殊に段のある鼻つきが、それから又その吃りぐせが、そっくりそのまま自分に遺伝してきているのが、たまらなく不愉快であった。彼は目の前に、自分の醜くさを見せつけられているように思って堪えられなかった。
【中】 到了晚上,他就抱着从小学开始养的那只大黑猫睡觉。听着那只纯黑的野兽喉咙里发出呼噜呼噜的声音,感受着它柔软的毛发蹭在自己喉咙和下巴处的触感,他每晚这样入睡。只有在那个时候,他才能勉强忘记对那些骨肉至亲的轻蔑与憎恶。正如他下定的决心一样,他绝不和家人交谈。他绞尽脑汁,想给他们的无耻行径一点惩罚。其中一个方法,就是他打算把自己的学校成绩弄糟。不可思议的是,他唯独在学校的成绩一直很好。父亲常向人夸耀这一点。连这也让他感到愤怒。他觉得父亲让他上学,就是为了这份小小的虚荣。况且,这个父亲的容貌——尤其是那凹凸不平的鼻子,还有那口吃的毛病,竟完完全全地遗传给了自己,这让他感到无比反感。他觉得自己丑陋的模样正活生生地摆在眼前,让他无法忍受。
【日】 けれども、すべて此等の周囲の圧迫的な状況にも拘わらず、三造の中の青春は次第にその芽を伸ばしつつあった。時として、どうにもならない爆発的な力が、踊り跳ねたいような衝動が、彼の身体中に一杯になるのであった。これは彼ばかりではない。彼の友人達もみんな同じであった。彼等は、彼等の身体に溢れるその力をもてあつかいかねていた。その活力は途方もない悪戯や乱暴となって溢れて行った。彼等は、わけもなく、いきなり相手にとびかかって行って、呼吸いきをせきながら、ねじ倒してみたり、教室で急に大きな叫びを立てて、新任の教師を驚かせたりした。公衆電話の受話器レシイヴァをねじ切って、代りに石ころを結びつけて来た少年もいた。その少年は、又、夜、物理の実験室に忍び込んで、望遠鏡だのフィルムだのを盗み出し、それをみんなに分けた。六月になると学校の裏山には桜桃さくらんぼがなった。少年達は昼の休みにそれを取りに行って、みんな紫色の脣をして帰って来た。パチンコで雀を落して、自分で毛をむしって、学校の隣の支那料理屋で焼いて貰って、喰べながら、教室へはいってきた男もいた。どうして手に入れたのか、一人が春画を持って来た。級中は忽たちまち沸騰した。昼の休みにも誰も外へ出なかった。絵は次から次へと廻された。少年達は呼吸いきをはずませ、その様子を人にけどられるのを恥じる気持もなく熱心に見入りながら、生唾を呑んだ。一人の少年が――それは顔の上にうすい透明な蝋を引いて、その上に白い粉を撒いたような美しい肌をした少年であったが――蟇口を机の上に置き、目の縁を赤くして、きまりの悪そうな笑いを浮べながらも思い切った調子で言った。
【日】 「売ってくれんか。三円ほどあるんじゃ。」
【日】 その絵を持って来た少年は、だが、ずるそうに笑って仲々承知しようとはしなかった。
【中】 然而,尽管周围充满着这些压抑的状况,三造心中的青春依然在悄然萌芽。有时,一种无可名状的爆发力,一种想要跳跃欢呼的冲动,会充满他的全身。不仅是他,他的朋友们也都是如此。他们不知道该如何发泄体内那股满溢的力量。那活力便化作了荒唐的恶作剧和粗暴的行为宣泄出来。他们会毫无缘由地突然扑向对方,喘着粗气将对方扭倒在地;或者在教室里突然大声喊叫,把新来的老师吓一跳。有个少年拧断了公用电话的听筒,用绳子绑了块石头代替。那个少年晚上还潜入物理实验室,偷出望远镜、胶卷之类的东西,分给大家。到了六月,学校后山上结满了樱桃。少年们午休时跑去摘,回来时嘴唇都被染成了紫色。还有人用弹弓打下麻雀,自己拔掉毛,拿到学校隔壁的中国餐馆请人烤熟,一边吃着一边走进教室。不知怎么弄到的,有个人带了一张春宫图来。班里顿时沸腾了。午休时谁也没有出去。画被一个接一个地传阅。少年们呼吸急促,毫不掩饰自己被看穿的窘态,全神贯注地盯着,狂咽口水。一个少年——他有着仿佛在脸上涂了一层薄薄的透明蜡、再撒上白粉般的洁白肌肤——把零钱包放在桌上,眼眶通红,虽然挂着难为情的笑容,却还是下定决心似的说道:
【中】 “卖给我吧。我这大概有三块钱。”
【中】 但那个带来画的少年只是狡黠地笑着,怎么也不肯答应。
【日】 その頃、彼等は、狼という綽名あだなのある、少尉あがりの軍事教官の外は、どの教師をも恐れなかった。彼等の恐れるのは、ただ、上級生――といっても、今は五年しかなかったが――の制裁ばかりであった。
【中】 那时候,除了一个绰号叫“狼”、少尉退伍的军事教官外,他们谁也不怕。他们害怕的,仅仅是高年级学生——虽说现在只有五年级——的制裁。
【日】 家うちでは堅く自分の殻の中に閉じこもっていた三造も、学校へ来ると、自然に周囲に同化されて、別人のように快活になるのであった。彼はようやくその頃から学業を怠おこたることを覚えた。これは彼の計画である「成績を悪くすること」のためにも必要であった。彼は幾人かの仲間と一緒に、昼休みの時間に裏山の凹地へ行って、こっそりと煙草をのむ稽古をした。彼等の一人は非常に巧みに、まるい輪を吹くことができた。それが何かひどくえらい事のように、――つまり、その男が他の少年達よりも大人である証拠であるかのように、彼等には思われたのであった。
【中】 在家里紧紧缩在自己壳里的三造,一到学校,就自然而然地被周围同化,变得像换了个人似的开朗起来。他也就是从那时起终于学会了荒废学业。这也是为了他“把成绩弄糟”的计划所必需的。他同几个伙伴一起,午休时跑到后山的洼地里,偷偷练习抽烟。他们中的一个人能非常巧妙地吐出圆圆的烟圈。在他们看来,这似乎是件极了不起的事——仿佛那是他比其他少年更成熟的证明。
【日】 丁度、その少し前頃から、彼は不自然な性行為を覚えた。誰に教わったのでもなく、ある晩、床にはいってから、ほんのひょいとした拍子におぼえたのであった。それが何であるかを、はじめ彼は知らなかった。ただ、それは限りない愉楽であった。後にその意味がわかってからも、そして、それを行った後あとで必ず慚愧ざんきと自己嫌悪とに襲われるようになってからも、彼はその誘惑から抜出すことができなかった。時として、彼は昼日中に、往来で、その慾望に対する烈しい衝動を感じることがあった。自然に呼吸がはずみ、関節という関節のあたりで脈がはげしく打った。それと闘う彼の表情は、みにくく、ねじれ歪んだ。そんな時に彼の見上げる夏の空は、ぎらぎらと青く油ぎって堪えがたく眩しかった。彼は図書館で、色々な辞書を持出し、猥褻わいせつな意味をもつ字句を引いて、その解を読みながら、ひそかな興奮を感じた。彼は、また、古本屋などで、その方面の、図入りの解説書を熱心に立読みしたりした。それが彼にとって何よりも内心から渇望された知識であるばかりでなく、それについて少しでも多く心得ていることが、彼等の間で優越を示すことにもなるのであった。
【中】 恰恰就在那稍早之前,他学会了不自然的性行为。没有谁教他,某天晚上钻进被窝后,在某个偶然的瞬间他就学会了。起初他并不知道那是什么。只知道那是无尽的愉悦。后来明白了其中的意义,并且每次做完后都必然会被惭愧与自我厌恶所袭击,但他依然无法从那诱惑中拔出身来。有时,他会在大白天的马路上,感受到对那欲望的强烈冲动。呼吸自然而然地急促起来,所有的关节处都脉搏狂跳。与此抗争时的他的表情,丑陋、扭曲而走样。那时他抬头仰望的夏日天空,蓝得刺眼、油光发亮,炫目得令人难以忍受。他曾在图书馆里翻出各种字典,查阅带有猥亵意味的字词,读着那些解释,内心感到隐秘的兴奋。他也曾在旧书店等地,津津有味地站着翻阅那方面的带图解的说明书。这不仅是他内心比什么都渴求的知识,而且多懂一点这方面的东西,也能在同伴之间显示出优越感。
【日】 彼等の学校は、生徒の映画を見ることを禁じていた。そこで、その禁を犯して活動写真館へ行くことが彼等の間の誇りとなった。午後の授業をなまけて、彼等は屡々しばしば活動小舎に行った。彼も、勿論、その中の一人であった。映画が面白いためというよりも、それは、禁を破ったという意識が彼等に満足を与えるからに違いなかった。その学校は昔の朝鮮の宮殿の趾に立っていた。蔦のからんだ古い城壁を伝って、こっそり学校を抜出したり、夏の真昼の強い光の下に、あくどい色彩の絵看板を仰いだりする気持が、少年らしい、かすかな冒険心をそそるのである。が、それにもまして、たまらなく彼の気持をそそり立てたのは、夜の街の灯であった。夜になって、街に灯がはいり出すと、どうにも彼はじっとしてはいられなかった。彼は顔の面皰を気にしながら、こっそりと継母の美顔水をつけたりして、ふらふらと街へ出て行った。何か空気の中に胸のふくらむものがはいってでもいるかのようであった。飾窓の装飾も、広告燈も、朝鮮人の夜店も、灯の光の下では、すべてが美しく見えた。そういう夜、若い女とすれちがった時の、甘い白粉の香は、少年の三造を途方もない空想に駆立てた。が、友達と落合っても、金銭かねのない彼等には、結局、大したことのできよう筈はなかった。最上の豪遊は、カフェーにでもはいって、みんなして一本のビイルを飲むことであった。それも、年増の女給が側へ来たりすると、妙にみんなぎごちなく押黙ってしまうのであった。
【中】 他们的学校是禁止学生看电影的。因此,违禁去电影院成了他们之间的一件值得夸耀的事。他们经常逃掉下午的课,跑去小电影院。他当然也是其中之一。与其说是电影有趣,不如说是因为打破禁令的意识给他们带来了满足感。那所学校建在昔日朝鲜宫殿的遗址上。沿着爬满藤蔓的古老城墙偷偷溜出学校,或者在夏日正午强烈的阳光下仰望色彩浓艳的广告牌,那种心情,挑逗着少年特有的一丝冒险精神。然而,比这更让他心痒难耐的,是夜晚街头的灯光。一到晚上,街上华灯初上,他就怎么也坐不住了。他一边在意着脸上的青春痘,偷偷抹上继母的美肤水,一边溜溜达达地走上街头。空气中似乎有什么能让胸腔膨胀的东西似的。橱窗的装饰、广告灯箱、朝鲜人的夜市摊,在灯光下,一切都显得那么美丽。在这样的夜晚,与年轻女子擦肩而过时那甜甜的脂粉香,驱使着少年的三造陷入无边无际的遐想。可是,即使和朋友汇合,身无分文的他们,终究也干不出什么大事。最奢侈的豪游,也不过是钻进一家咖啡馆,大家合点一瓶啤酒喝。即便是这样,只要有上了年纪的女招待靠过来,大家就都会莫名其妙地变得局促不安、闭口不言。
【日】 水の上に軽く浮いていた彼の気持を、回想が静かに快こころよくゆすった。彼は眼をうすくあけて真上に拡る夕方の空を見た。少年の日の青空は、今見上げる空よりも、もっと匂やかな艶がありはしなかったか? 空気の中にも、もっと、華やかな軽い匂いがあったのではなかったか? 思出したように吹いてくる風は、時々、濡れた顔を心地よく撫でて行った。三造は、旅の疲れのものうさと、帰郷の心に似た情緒との交った甘ずっぱい気持で、長々と水の上に伸びをするのであった。
【中】 在水面上轻轻飘浮着的心情,被回忆静静地、惬意地摇晃着。他微微睁开眼,看着正上方展开的傍晚天空。少年时代的蓝天,难道不比现在仰望的天空更加馥郁艳丽吗?空气中,难道不也飘荡着更加华丽轻盈的气息吗?风仿佛想起了什么似的吹来,时不时地舒服地抚摸着他湿润的脸庞。三造带着旅途疲惫的慵懒,以及夹杂着几分近乎归乡情绪的酸甜交织的心情,在水面上舒展着四肢。
【日】 中学四年生の彼は、偏執的に彼の黒猫を愛していた。彼は、彼の噛んだものを口移しに猫に与えるのであった。一週間ばかり、その黒猫が失踪した時ほど、純粋な不安と絶望とに彼が陥ったのを、彼の家人達は見たことがなかった。それは、もう老猫で、曾ては美しかった真黒な毛も、うすよごれて艶を失っていた。それによく風邪をひいて、くしゃみをしたり、涕を垂らしたりした。それ故、家の者は皆、彼女をひどく嫌った。それがまた彼には、猫をいとおしく思わせる一つの理由になるのである。彼が学校から帰る時分には、黒猫はいつも犬のように門の所に出迎えて待っていた。彼が抱上げると、彼女は、寒天質の中に植物の種子を入れたような、草入水晶に似た瞳をむけて、甘えた声で訴えるのであった。
【中】 中学四年级时的他,偏执地爱着他的那只黑猫。他会把自己嚼过的食物嘴对嘴地喂给它。有一周左右,那只黑猫失踪了,家里人从未见过他陷入过那般纯粹的不安与绝望。那已经是一只老猫了,曾经美丽的纯黑毛发也变得脏兮兮、失去了光泽。而且它还经常感冒、打喷嚏、流鼻涕。因此,家里人都非常讨厌它。而这,却又成了让他更加怜爱这只猫的一个理由。每当他放学回家的时候,黑猫总是像狗一样在门口迎接、等候。他一把将它抱起,它便会投来如包裹在琼脂中的植物种子般、酷似草入水晶的眼眸,用撒娇的声音倾诉着。
【日】 ある日、三造が妹と女中とで夕飯をたべていると、父と新しい母とが外から帰ってきた。彼等は一緒に何か物を見に行って、帰りに飯もすませて来たといった。それを聞きながら、彼は妙に気持がとがって来るのを感じた。何故妹を連れて行ってやらないんだ、と、彼は妹を愛していなかったにも係わらず、とっさにそう思った。明かに嫉妬であると彼は自分でも気がつき、気がついただけ余計に腹が立った。彼等はみやげだといって蒲焼かばやきのおりを三造に与えた。それがまた理由もなく彼の気持に反撥した。彼は苦にがい顔をして一口それを喰べた。それから、その残りを卓子の下にいた猫に与えた。突然、父が黙って立ち上った。そして咽喉を鳴らしながら喰べている猫を蹴とばし、三造の着物の襟を左手でつかむと、右手で続けざまに彼の頭を三つ四つ殴った。それから、はじめて、父は、怒りにふるえた声で、どもりながら叫んだ。
【日】 「何ということをするんだ。折角、買ってきてやったのに。」
【日】 三造は黙っていた。父はもう一度繰返した。息子むすこはみにくく顔をゆがめながら強いて笑った。
【日】 「一度貰った以上、それからはどう処分しようと、僕の勝手じゃありませんか。」
【日】 激怒が再び彼の父を執とらえた。父は、その拳がいたくなる位、はげしく息子の頭を打った。打っている中に次第に病的な兇暴さが加ってくるのが、打ぶたれている三造にまで感じられた。彼は、しかし、少しも防ごうとはしなかった。むしろ打ぶたれるのを楽しむような気持さえ何処かにあった。彼は、それよりも、父が、彼の猫を蹴とばしたことに憤りを感じていた。明らかに、これは猫の関係したことではないのだ。新しい母は、あっけにとられて、止とめるのも忘れていた。老いた女中も同様であった。猫は庭に逃出し、妹は涙を浮かべてふるえていた。
【中】 有一天,三造正和妹妹、女佣一起吃晚饭,父亲和新母亲从外面回来了。他们说一起去看什么东西,顺便在外面吃过饭了。听着这些,他感到心情莫名其妙地尖锐起来。为什么不把妹妹也带去呢?尽管他并不爱妹妹,但那一瞬间他还是这么想了。他自己也意识到这分明是嫉妒,正因为意识到了,他反而越发生气。他们说是带了礼物,把一盒烤鳗鱼递给了三造。这又毫无理由地引起了他的反感。他苦着脸吃了一口。然后,把剩下的丢给了桌子底下的猫。突然,父亲默默地站了起来。他一脚踢开正喉咙里呼噜呼噜响着吃东西的猫,左手一把揪住三造的衣领,右手接连在他的头上猛打了三四下。接着,父亲才用因为愤怒而颤抖的声音,结结巴巴地吼道:
【中】 “你干的这是什么事!好不容易买回来给你的……”
【中】 三造没有作声。父亲又重复了一遍。儿子丑陋地扭曲着脸,强颜欢笑道:
【中】 “既然已经给了我,之后怎么处置,不就是我的自由了吗?”
【中】 狂怒再次攫住了父亲。父亲用拳头都感到疼痛的力度,狠狠地捶打着儿子的头。在捶打的过程中,甚至连挨打的三造都能感觉到,那种病态的凶暴感正在逐渐加剧。然而,他丝毫没有想要躲避。甚至在内心深处,还有一种享受被打的心情。相比之下,父亲踢了他的猫这件事更让他感到愤怒。很明显,这件事根本与猫无关。新母亲惊呆了,连拦都忘了拦。老女佣也是一样。猫逃到了院子里,妹妹眼含泪水,浑身发抖。
【日】 やがて、彼の父は、その手を止やめた。そしてしばらく茫然と、三造を見下して立っていた。丁度夢からさめたような恰好であった。三造は、わざと冷然と、父の顔を見上げた。その視線にあうと、父はあきらかに狼狽の色を見せて、眼を外そらした。今や、彼の父こそ、完全に敗北者であった。息子は息子で意地悪く考えていた。これでも、父はいつものように、「親が子を叱るのは、子を愛するからだ。」といえる積りであろうか。自分の感情にまけて子を打つのではない、と、いえる積りであろうか。
【日】 そして、それから、大分経たって、やっと彼の心の中に、「親子という関係の前には、如何なる人格も無視される」という事実に対する純粋な憤りが徐々に湧いてくるのであった。
【中】 不久,他的父亲停了手。然后呆呆地站在那里,低头看着三造。那模样就像是刚从梦中惊醒一般。三造故意冷冷地仰视着父亲的脸。与那视线一接触,父亲明显露出了狼狈之色,移开了目光。此刻,他的父亲才是彻头彻尾的失败者。儿子则满怀恶意地想:都这样了,父亲还打算像往常一样说“父母教训孩子,是因为爱孩子”吗?还打算说他打孩子不是因为控制不住自己的情绪吗?
【中】 从那之后过了好久好久,他的心中才终于对“在亲子关系面前,任何人格都会被无视”这一事实,渐渐涌起了一股纯粹的愤慨。
【日】 追憶が今度は苦にがく彼の心を噛んだ。いきなり彼は水の上で身をひるがえすと、顔を水につけたまま、足をバタバタさせて、クロオルの真似事をやり出した。十五米も行かない中に呼吸いきが続かなくなって了った。彼は顔を上げて底に足をつけて立った。すると、水で曇った眼鏡の前に、いつの間に現れたのか、女の子らしい黄色い姿が見えた。眼鏡の硝子に溜った雫しずくをぬぐって、よく見ると、黄色い汚れた朝鮮服を着た女の子が、プウルの縁から一間ほど離れて、彼のばかばかしい泳ぎぶりを見ていた。年は十一、二位であろう。髪をおさげにして赤い細いリボンで結えていた。三造は口の中で、あやうく「キチベエ」といおうとした。キチベエというのは「女の子」という意味の朝鮮語であった。「まだ、これでも朝鮮語を少しは覚えているな」という考えが彼を微笑させた。
【日】 彼の家でも、かつて、妹が赤ん坊の時分に、この年位の朝鮮の少女を雇ったことがあった。その時、彼は少女を「キチベエ」と呼んだり、「カンナナ」と呼んだりした。カンナナもキチベエと同じ意味の言葉であった。
【中】 追忆这一次苦涩地噬咬着他的心。他突然在水面上翻了个身,把脸埋在水里,双脚扑腾着,开始模仿起自由泳来。游了还不到十五米,就喘不上气来了。他抬起头,双脚踩在池底站定。这时,在被水汽弄模糊的眼镜前,不知何时出现了一个黄色女孩般的身影。他抹去眼镜片上的水珠,定睛一看,只见一个穿着脏兮兮的黄色朝鲜服的女孩,站在离游泳池边缘大约一间(约1.8米)远的地方,正看着他那滑稽的游姿。年纪大概在十一二岁左右。梳着辫子,用细细的红丝带扎着。三造在嘴里险些喊出“kichibei(小女孩)”。“kichibei”是朝鲜语里“女孩子”的意思。“看来我这还算是记得一点朝鲜语啊”,这个念头让他不禁露出了微笑。
【中】 他家里以前在妹妹还是婴儿的时候,也曾雇过一个差不多这般年纪的朝鲜少女。那时,他就叫那个少女“kichibei”或者“kannana”。“kannana”和“kichibei”是同义词。
【日】 黄色い服の少女は三造に見つめられて困ったように後を向き、何か彼に分らない言葉で呼びかけた。すると、その向うの木蔭から、三つ位の裸の男の児がよちよち出て来た。何よりも先ず、そのひどく出っぱった大きな臍が彼を失笑させた。少女は男の児の頭をコツンと一つ軽く叩くと、その手を引いて遠ざかって行って了った。その汚らしい女の子の後姿が、彼に、彼の最初の妖しい経験を思い出させるのであった。
【中】 穿黄衣服的少女被三造盯着看,似乎觉得有些困窘,转过身去,用一句他听不懂的话喊了一声。接着,从对面的树荫下,摇摇晃晃地走出一个大概三岁光景、赤身裸体的小男孩。首先惹他失笑的,是男孩那个严重凸出的大肚脐眼。少女在男孩头上轻轻敲了一下,便牵着他的手远去了。那个脏兮兮的女孩的背影,让他回想起了自己最初那段妖冶的经历。
【日】 ある晩、三造は一人の友達と一緒に街を歩いていた。その友達は、春画を買おうといった美しい少年であった。湯上りの、ほんのり染まった少年の顔には、小さな吹出物が一つ、塗ったように紅あかい、その脣のそばに出来ていた。それがへんに性慾的な美しさであった。三造は家へ帰りたくなかった。帰れば、毎晩帰りのおそい彼に対して、絶望的に悲しげな父の顔と、おずおずと困ったような継母の顔が待っているばかりであった。父はもう彼を打ぶたなくなった。それだけ、その父の悲しげな顔を見るのが、彼には厭いやであった。彼は出来ることなら、何時迄も歩いていたかった。路は大通りのはずれから坂になって、のぼって行った。それが、どのような場所へ導く道であるかを、彼も友達もぼんやり知っていた。三造は、ふと立止って友達の顔を見た。友達も彼を見かえした。二人は何のこともなく微笑した。瞬間、彼等の眼附の中に、疑惧と躊躇と好奇心とが入交ってあらわれた。次の瞬間に二人はもう一度微笑をかわすと、黙って、また坂を上りはじめた。浴衣がけの、その友達は、顔の吹出物を気にしながら。まだ制服のままの三造は、ポケットに朱色の小型のウェルテル叢書をしのばせながら。その本は「ポオルとヴィルジニイ」であった。
【中】 某天晚上,三造和一个朋友在街上走着。那个朋友,就是当初说要买春宫图的那个漂亮的少年。刚洗过澡,微微泛红的少年脸上,长着一颗小小的青春痘,就在他那仿佛涂了口脂般鲜红的嘴唇旁。这散发着一种奇妙的充满性欲的美感。三造不想回家。一回去,等待着每晚迟归的他的,只有父亲那绝望悲伤的脸,以及继母那战战兢兢、不知所措的面容。父亲已经不再打他了。正因为如此,看着父亲那悲伤的脸才让他更加厌烦。如果可能的话,他真想一直这样走下去。路从大街的尽头变成了坡道,一直向上延伸。这是一条通往什么地方的路,他和朋友心里都隐约清楚。三造忽然停下脚步,看了看朋友的脸。朋友也回望着他。两人若无其事地相视一笑。瞬间,他们的眼神中交织着疑惧、犹豫和好奇心。下一秒,两人再次交换了一个微笑,便默默地继续向上爬坡。穿着浴衣的那个朋友,一边在意着脸上的青春痘;还穿着制服的三造,则把一本朱红色的小型维特丛书悄悄揣在口袋里。那本书是《保尔和薇吉妮》。
【日】 そういう街がその方面にあることは知っていたけれど、そこへ足を入れるのは、彼等にとって初めてであった。アカシヤの並木の続いた暗い坂を登りつくすと、もうそこには、そのような店が明るくならんでいた。三造は急に動悸がはげしくなるのを感じた。こんな経験ははじめてではないということを示したい、お互いの見栄から、二人は黙って、いい加減に見当をつけて、暗い露地にはいった。低い土造の朝鮮家屋の門かど毎に、真白に塗立てた女達が四五人ずつ立っていた。彼女達はすべて朝鮮人であった。そこらあたりの軒燈は、みな、古風な青い瓦斯ガス燈を使っていた。その白い光の下で、紅だの、緑だの、黄色だの、さまざまな彼女達の下袴つるまきの色が、ちらちらと目に映ってくるだけで、その一人一人の顔は、まるで、彼には弁別できなかった。
【中】 虽然知道那样的街区就在那个方向,但踏足那里,对他们来说还是第一次。爬完那条两旁种满相思树的昏暗坡道,那里已经亮堂堂地排列着那样的店铺了。三造突然感到心跳急剧加速。为了在对方面前显示自己不是第一次经历这种事,出于相互的虚荣心,两人默默地,随便找准方向,钻进了一条昏暗的小巷。每一扇低矮的土造朝鲜房屋的门前,都站着四五个涂脂抹粉、脸涂得煞白的女人。她们全都是朝鲜人。那一带的屋檐灯,用的全都是古风的蓝色煤气灯。在那苍白的光线下,只见红色、绿色、黄色等各种颜色的朝鲜裙裤在眼前晃动,至于她们每个人的脸,他简直根本分辨不清。
【日】 女達は二人を見ると、不慣れな日本語で呼びかけた。「アガンナサイ、アンタ。」とか、ただ「アンタ、アンタ。」とか、時々は「ホントニ、イロオトコダネ。」とか、そんな片言かたことであった。その最後の言葉が明らかに彼の友達にのみ向って、いわれているのに気がつくと、三造はそんな興奮と狼狽の中にあっても、なお、かすかな不快を感じていた。女達はしまいに、とび出して来て、しつこく彼等を離さなかった。彼等はすっかり狼狽した。彼の友達は浴衣の袖をほころばせ、まっ先に一人で逃出した。逃げおくれた三造は、それでも女共をふり切って友達のあとを追った。よほど、あわてたものと見えて、友達はずっと先さきの方まで駈出して行って了ったらしかった。三造にはくねくね曲った小路がよく分らなかった。が、とにかく、軒燈の一寸とだえた所まで来たので、もう大丈夫だと思った。ところが、そこの角を一つ曲った所に、思いがけなく、また小さな低い土の門があって、青白い瓦斯燈がついていた。そして、その下に一人の――今度はたった一人の女が立っていた。そこまで来て、どうしたはずみか、ひょいと三造は、その時笑った。それがいけなかった。女も微笑を返した。そして、つかつかと歩み寄って、小さな手で、しっかり彼をつかまえ、もう一度笑いながら日本語で、「イキマショウ」と言った。彼は反射的にその手を払いのけた。女は案外弱く、よろよろとよろけたが、彼の制服の上衣をつかんだ手は離さなかった。三造はもう一度烈しく女を突飛ばして身を退ひいた。ビリッと布の裂ける音がした。彼の上衣のボタンが二つ三つ土の上にころがった。そのいきおいに女は驚いて手を放し、瞬間、許しを乞うような女らしい表情を浮べた。が、すぐに今度は、急いで、そのボタンを拾った。「ボタンを返してくれ。」と、彼は手を出しながら言った。女は嬉しそうに笑って頭かぶりを横にふった。「返してくれよ。」と、彼はむきになってもう一度言った。女は又笑ってボタンを見せながら、後うしろの家を指して、不器用な口つきで言った。「アガンナサイ。」
【中】 女人们一看到他们俩,便用生硬的日语招呼起来。“进来吧,你。”或者干脆就是“你,你。”偶尔也会有“真个是个帅哥呢”之类的只言片语。当意识到最后那句话显然只是冲着他的朋友说的时候,三造即使身处那样的兴奋与狼狈之中,依然感到了一丝不快。最后,女人们跑了出来,死缠烂打地拉着他们不放。他们俩彻底慌了神。他的朋友甚至把浴衣的袖子都扯破了,第一个独自逃了出去。落后的三造,也还是甩开了女人们,追在朋友后面。显然是慌了神,朋友似乎一口气跑出了很远。三造不熟悉这弯弯曲曲的小巷。但不管怎样,总算跑到了一个屋檐灯稍微断了的地方,他觉得应该安全了。然而,就在转过那个街角的地方,出乎意料,又有一扇低矮的小土门,亮着苍白的煤气灯。灯下站着一个——这一次只有唯一的一个女人。逃到那里,也不知怎么搞的,三造突然笑了一下。这下可坏了事。女人也报以微笑。然后,径直走上前来,用小手紧紧地抓住他,再次笑着,用日语说:“走吧。”他条件反射般地甩开了那只手。女人出乎意料地柔弱,踉跄了一下,但抓住他制服上衣的手却没有松开。三造再次猛烈地推开女人往后退。嘶啦一声,布料撕裂的声音响起。他上衣的扣子有两三颗滚落在了泥土上。这动静让女人吃了一惊,松开了手,瞬间浮现出一种仿佛在祈求原谅般的女人独有的神情。但紧接着,她又急忙蹲下捡起了那些扣子。“把扣子还给我。”他一边伸出手一边说。女人开心地笑着,摇了摇头。“还给我啊。”他急了,又说了一遍。女人又笑着,向他展示着扣子,指了指后面的屋子,用笨拙的口吻说道:“进来吧。”
【日】 三造はしばらく女を睨にらんでいた。女は家にはいりそうな素振そぶりを見せた。彼はほんとに腹を立てた。
【日】 「いらないぞ。そんな物。勝手にしろ。」
【日】 彼はそう言って後を向いて歩き出した。そして女の方はふりむきもせずに、急ぎ足で友達のあとを追った。
【日】 彼の友達は、その小路を一つ曲った所に立って待っていた。二人は並んで、さっき登って来た淋しい坂をおりはじめた。彼等は互いに自分の狼狽を見られたことを恥じでもしているかのように、殆ど口をきかないで歩きつづけた。彼等がものの半丁も歩いたかと思う頃、後うしろからバタバタと小刻みな足音が聞えた。三造はふりかえった。思いがけなく、先刻さっきの女であった。女は大きな眼で三造の顔を真直に見ながら、近附いて来た。「ポタン。」と女は言った。そうして、さっきのボタンを三つ、小さな掌をひらいて彼の前に出し、「コメンナサイ。」と言った。駈けて来たと見えて呼吸いきがはずんでいた。そこは坂の中途で、アカシアの街路樹が少し断きれて、暗い街燈の立っている所であった。彼は今度こそ、落着いて相手を見ることが出来た。
【中】 三造瞪了女人一会儿。女人做出了要进屋的举动。他真的生气了。
【中】 “我不要了。那种东西。随你便吧。”
【中】 他丢下这句话,转身就走。而女人呢,头也没回,他快步去追朋友了。
【中】 他的朋友,就站在拐过那条小路的街角等着。两人并肩,开始走下刚才爬上来的那条寂寥的坡道。他们几乎一言不发地走着,仿佛彼此都在为让对方看到了自己的狼狈而感到羞耻。就在他们大概走了一半路程的时候,身后传来了吧嗒吧嗒细碎的脚步声。三造回过头去。出乎意料,竟是刚才那个女人。女人用大大的眼睛直直地盯着三造的脸,走了过来。“扣子。”女人说道。然后,她摊开小手,把刚才那三颗扣子递到他面前,说了一句:“对不起。”看来是跑过来的,还在喘着粗气。那里是坡道的半中腰,相思树的行道树稍微断开了一些,立着一盏昏暗的街灯。这一次,他终于能够冷静地打量对方了。
【日】 女は小柄であった。まだ子供だろうと彼は思った。描眉毛もうすく、鼻もうすく、脣もうすく、耳も肉がなく、小さかったが、大きな朝鮮人らしくない、くりくりした眼附が割にその顔を派手にしていた。下袴つるまきはうすい紅で、右の腰のあたりで、大きく蝶結びに結ばれていた。安物らしくピカピカ光った上衣ちまの袖から、華奢きゃしゃな小さな手が出ていた。
【中】 女人身材娇小。他想,她可能还是个孩子。画的眉毛很淡,鼻子也扁,嘴唇也薄,耳朵也没什么肉,小小的,但那双一点也不像朝鲜人的、又大又圆的眼睛,却让那张脸显得相当惹眼。下面穿的裙裤是淡红色的,在右腰附近,结结实实地打了一个大大的蝴蝶结。看起来像便宜货、闪着劣质光泽的上衣袖口里,伸出一双纤细娇小的手。
【日】 ボタンを渡すために女は三造の手を求めた。彼は手を出した。少女はボタンを置き、そのまま自分の手を彼の手の中に握らせた。柔かく冷たく、しめり気のある感触であった。少女はその姿勢のまま、じっと真直ぐに三造の眼を見上げて言った。
【日】 「キナサイ。」
【日】 それは少しも媚を含んだ態度ではなかった。あたりまえのことを請求するような態度であった。三造は、妙な混乱を――先刻のとはちがった種類の混乱を感じた。彼は、彼の手の中にある少女の小さな柔かい手を強く握って、「さよなら。」と言った。「サヨナラ、イヤ。」と、とっさに少女は、そう反射的に言いかえして、彼の手をしっかり握った。一寸首を傾げて、黒瞳くろめで彼を見上げた、その表情に、その時、はじめて媚らしいものが現れた。三造は頭をふって、もう一度「さよなら。」と言った。そして、受取ったボタンをズボンのポケットに入れて、十間程、さきに待っていた友達の方へ歩き出した。二人並んで坂をおりはじめた時、やっとふだんの平静さにもどった態度で、友達は三造の背中を強く叩いて、――だが、彼らしく女性的に――笑った。
【日】 「うまく、やっとるぞ。達者だなあ。君は。」
【日】 彼は、そうして、自分もそのほころびた袖を見せて、またおかしそうに笑った。三十歩ほど歩いてから振返ると、先刻の街燈の下に、まだ、あの少女の立っているのが小さく見えた。坂をおりて、内地人町の大通りへ出てから、友達はもう家へ帰ると言出した。
【日】 「君も、もう帰るんだろう?」
【日】 「うん。」と、三造は答えた。
【日】 友達と別れてから、しかし、彼は家へは帰らなかった。彼は内ポケットから財布を取出して、中を検あらためると、再びそれをしまった。それから、自分の興奮と動悸とを静めるために、ことさらに大胯おおまたに、今おりて来た坂道をまた登りはじめた。
【中】 为了递扣子,女人伸出手向三造示意。他伸出了手。少女把扣子放下,顺势把自己的手塞进了他的手中。那是一种柔软、冰冷、带着湿气的触感。少女保持着那个姿势,静静地直直地抬头望着三造的眼睛,说道:
【中】 “来吧。”
【中】 那态度里不含一丝媚态。简直就像是在要求一件理所当然的事。三造感到了一阵莫名的混乱——与刚才不同种类的混乱。他用力握紧了手中那只少女幼小柔软的手,说:“再见。”“再见,不要。”少女立刻条件反射般地回嘴道,同时紧紧握住了他的手。微微歪着头,用黑黑的眼眸抬头看着他的那副表情中,这才第一次流露出了近似于献媚的东西。三造摇了摇头,再一次说:“再见。”然后,把收下的扣子放进裤兜里,朝着在十几米开外等候的朋友走去。两人并排开始下坡时,朋友终于恢复了平时的镇定,用力拍了拍三造的后背,——不过,是以他特有的女性化方式——笑了起来。
【中】 “干得不错嘛。真老练啊。你小子。”
【中】 接着,他也展示了一下自己扯破的袖子,又滑稽地笑了起来。走出三十步左右回头望去,只见先前的街灯下,那个少女依然娇小地伫立着。走下坡道,来到内地人(日本人)居住区的大街上后,朋友提出要回家了。
【中】 “你也要回家了吧?”
【中】 “嗯。”三造回答。
【中】 然而,和朋友分别后,他并没有回家。他从内衣口袋里掏出钱包,查看了一下里面的东西,又重新放了回去。然后,为了平复自己的兴奋与心跳,他故意迈开大步,重新开始攀登刚才走下来的那条坡道。
【日】 その部屋は天井の低い、三畳ほどの温突おんどるであった。床ゆかにはずっと渋色の油紙が敷かれていた。中庭に向って、四角な小さい窓が開いていて、障子の代りに青い簾が下っていた。部屋の中には何の飾りもなかった。隅っこに夜具が積まれ、その側に、朱あかい塗のはげた鏡台があった。黄と赤と緑の、けばけばしい色の、それだけは新しい、鏡掛けが、それにかかっていた。それはいかにも朝鮮人らしい好みであった。その鏡の横に、前髪を垂らした日本の子供の人形が立てかけられていた。それが此の部屋のたった一つの飾りであった。少女は彼を連れて部屋にはいると、堅い床ゆかの上にペタリととんび足に坐って、鏡をのぞいて紅を脣にさした。それから後を向いて、立っている三造にむかって「坐れ」というような手真似をしながら朝鮮語で何か言った。坐ろうにも、堅い土の温突おんどるの上に座蒲団もなかった。彼は仕方なしに、床と同じように渋紙を張った壁にもたれて、しゃがんだ。彼は最初に「オルマヨ(いくらだ)。」と聞いた。それは彼の知っている少数の朝鮮語の中の一つであった。「イクラ、カマワナイ。」と逆に少女が日本語で答えた。それから、しばらく考えて、また、「ヤスイヨ。」とつけ加えた。弱々しそうな身体つきと顔立をした少女が、やさしい表情をしながら、変な日本語を使うのが、彼に妙な気持をさせた。片言かたことは片言なりに美しさのある場合もあるけれども、男が使うような荒い言葉や下品な文句を、それと知らないで、しゃべっているのは、彼女の表情とちぐはぐな滑稽なものを感じさせた。
【中】 那是一个天花板很低、大概只有三张榻榻米大小的温突(朝鲜传统火炕)房。地板上一直铺着涩色的油纸。朝着中庭,开着一扇四方形的小窗,垂着蓝色的帘子代替了拉门。房间里没有任何装饰。角落里堆着卧具,旁边,放着一张朱漆斑驳的梳妆台。上面盖着一块黄、红、绿相间、颜色艳丽的镜套,那是屋里唯一崭新的东西。这的确是典型的朝鲜人品味。在镜子旁边,立着一个留着刘海的日本小孩人偶。那是这个房间里唯一的一件摆设。少女带他进屋后,便像老鹰抓小鸡似的,双脚摊开平坐在坚硬的地板上,对着镜子在嘴唇上涂了红。然后转过身,向着站立的三造比划了一个“坐下”的手势,用朝鲜语说了句什么。要坐下吧,坚硬的泥土火炕上连个坐垫都没有。他毫无办法,只好靠在和地板一样贴着涩纸的墙上,蹲了下来。他首先问:“orumayo(多少钱)。”那是他所知不多的几句朝鲜语之一。“多少钱,没关系。”反倒是少女用日语回答了他。然后,她想了一会儿,又加上一句:“很便宜哦。”这个身材长相看起来弱不禁风的少女,带着温柔的表情,说着别扭的日语,这让他产生了一种奇妙的感觉。虽然有些时候,半生不熟的语言也有其半生不熟的美感,但她却在不知不觉中,说着男人才会用的粗暴词汇或下流句子,这让人觉得与她的表情格格不入,有一种滑稽感。
【日】 彼女は立上って、蒲団を敷きはじめた。彼女は、まだ、彼が帰りはしまいかということを恐れているようであった。彼は、今晩の客は彼一人であるか、どうか、を訊ねた。「ヒトリデナイ。タクサン。」と女は答えた。それが、どうも彼のもとめた返事ではなく、此の家には彼女の朋輩がまだいるという意味らしかった。彼は諦めて質問をやめた。床を敷いてしまうと、女は彼を、訊ねるような眼附で見上げた。彼は、自分の意図を伝えるのに骨を折った。彼はただ、こういう所を見に来ただけなのだ。だから、彼は勝手に寝るから、彼女も勝手に寝るがいい。こういう意味を、彼は、彼の知っている限りの朝鮮語を、日本語と交ぜて使いながら説明しようとした。併し、それはついに無益であった。何か訳の分らないことをむきになって、しゃべっている客を前にして、女は全く当惑しきっていた。しまいに、彼は寝床ねどこを指して言った。
【日】 「とにかく、お前は寝ろ。」
【日】 やっと、それだけは分ったと見えた。彼女は言われた通り、全く言われたとおりに、着物も脱がずに、ゴロリと蒲団の上に横になった。彼はそれに背中を向け、部屋の隅の暗い電燈の下に坐って、ポケットから「ポオルとヴィルジニイ」を取出した。外そとの軒燈は瓦斯なのに、室内は電燈になっていた。彼は上衣を脱いで、その悲しい恋物語の続きを読もうとした。気が散って、同じ所を幾度読んでも、中々意味がとれなかった。それでも彼は読んでいるふりを続けていた。涼しい夜風が簾の外からはいって来た。しばらくすると、後うしろで、女がごそごそ起きて来た。彼は知らん顔をして本を読んでいるふりをしていた。女は彼の横に来て、坐った。彼はまだ知らん顔をしていた。しばらくして、「アカイホン」と、女が独り言のように言った。三造は、はじめて顔を上げて女を見た。女は手持無沙汰で困惑した面持であった。「寝るんだよ。」と彼は、又、床とこを指して言った。女は益々困ったような、泣笑いのような表情をした。彼女には、どうにも、客の気持がのみこめないのであった。彼女は、間の抜けた、困却しきった微笑を浮べて横に首をまげながら、媚びていいものか、どうか、という風に、客の顔色をうかがった。「寝るんだよ。」と、もう一度、今度はやや烈しい口調で彼は言った。彼女は怯おそれたように身を退ひいた。彼が機嫌を悪くしている時、それに媚びようとする彼の黒猫の眼附が、今のこの女の表情に似ていた。突然彼は上衣の内ポケットから財布を出し、五十銭銀貨を四つ取出して、それを彼女の鏡台の上に重ねた。彼女は、更に恐れたように、三造と銀貨とを見較べながら、手を出そうとしなかった。彼はふと、女が可哀そうになり、やさしい調子で言った。
【日】 「いいんだよ。怒おこってるんじゃないんだ。いいから銭かねをとって、お前だけ寝ればいいんだよ。」
【日】 女はまだ怪訝けげんな表情を続けていた。それを見ていると、次第に、今度は、また腹が立って来そうなので、彼は女に構わずに「ポオルとヴィルジニイ」を読出した。が、やはり読めなかった。同じ処を何度も何度も繰返していた。その中に女は立上って、今度は、ほんとうに、身仕舞をして、床にはいったようであった。
【中】 她站起身,开始铺被褥。她似乎还在害怕他会就此打道回府。他问,今晚的客人是不是只有他一个。“不是一个。很多。”女人回答。这显然不是他想要的答案,大概是想说这屋子里还有她的同伴的意思吧。他放弃了,不再追问。铺好被子后,女人用询问的眼神仰望着他。他费了很大劲想传达自己的意图。他只是来看看这种地方而已。所以,他自己睡,她也自己睡就好。他试图用自己所知道的有限的朝鲜语掺杂着日语来解释这个意思。然而,这最终还是徒劳的。面对着一个正襟危坐、嘴里不知道在嘟囔些什么鬼话的客人,女人完全懵了。最后,他指着被窝说:
【中】 “总之,你睡觉。”
【中】 看来总算是明白了这句话。她顺从地,完全顺从地,连衣服都没脱,便咕咚一声躺在了被子上。他背对着她,坐在屋角昏暗的电灯下,从口袋里掏出了《保尔和薇吉妮》。外面的屋檐灯用的是煤气,室内装的却是电灯。他脱下上衣,打算继续读那个悲惨的爱情故事。因为心神不宁,同一个地方读了无数遍,也始终无法理解其中的意思。尽管如此,他还是装作在读书的样子。凉爽的夜风从帘子外吹了进来。过了一会儿,女人在后面悉悉索索地爬了起来。他装作没看见,继续假装看书。女人走到他旁边,坐了下来。他依然装作没看见。过了一会儿,“红书。”女人像自言自语般地说了一句。三造这才抬起头,看了女人一眼。女人一副百无聊赖、困惑不解的神情。“睡觉去。”他又指了指床铺说。女人的表情变得越发为难,似哭非笑。她怎么也摸不透客人的心思。她浮现出那种呆滞的、极其困惑的微笑,歪着头,仿佛在察言观色,犹豫着要不要献媚。“睡觉去。”他再一次说道,这一次语气有些激烈。她像受到惊吓般往后退缩了一下。他心情不好时,他的黑猫想要讨好他时的那种眼神,和现在这个女人的表情如出一辙。突然,他从上衣内口袋里掏出钱包,取出四枚五十钱的银币,把它们叠放在了她的梳妆台上。她似乎更加害怕了,看看三造,又看看银币,不敢伸手去拿。他忽然觉得女人很可怜,便用温柔的语调说:
【中】 “没事的。我没生气。你只管把钱拿去,自己睡觉就好了。”
【中】 女人依然保持着那副讶异的神情。看着她这副模样,他又渐渐开始觉得火大了,于是便不再理会女人,开始读起《保尔和薇吉妮》。不过,依然是读不进去。同一段话被他翻来覆去地重读了无数遍。在这期间,女人站起身,这一次,似乎是真的整理好衣冠,钻进被窝里去了。
【日】 プウルの上を渡る風が、そろそろ寒くなってきたようである。半身を水から出して立っていた三造は、くしゃみを一つすると、もうあがらなければいけない、と思った。わざと鉄梯子の所へ行かずに、水から二尺ほど高いたたきの縁に手を掛けて上ろうとすると、疲れているのか、妙に腕に力がはいらなかった。やっと上りきった時、右の手が滑って、たたきの角で一寸肱の所を擦りむいてしまった。はじめは一寸白くなった皮膚のおもてが、次第に桃色を帯びてきて、到頭プツリと真赤な血の粒が一点から盛上ると、見る見るそれが大きくなり、やがて糸をひいて、ぽとりと土の上に垂れるのであった。彼は他人事ひとごとのように綺麗だなと思った。
【中】 掠过泳池水面的风,似乎渐渐变冷了。半个身子露出水面站着的三造打了个喷嚏,心想该上去了。他故意没走铁梯子那边,而是把手搭在比水面高出两尺左右的水泥池沿上,想要爬上去。不知是不是太累了,手臂莫名地使不上劲。好不容易爬上去时,右手一滑,在水泥沿的拐角处稍微擦破了一点手肘。起初只是发白了一小块的皮肤表面,渐渐带上了一抹桃红,终于,“噗”地冒出一粒鲜红的血珠,眼看着它变大,接着拉出一条红丝,啪嗒一声滴落在泥土上。他像个旁观者似的,觉得这画面真美。
【日】 乾いた手拭で身体をふきながら、彼は、すぐ眼の前の、梨の木の枝に、鵲かささぎが一羽止って、こちらを見ているのに気がついた。嘴の黒い、胸の白い、両翼の紫色をした朝鮮鴉がらすであった。内地にいて、久しく此の鳥を見なかった彼には、全く何年ぶりかであった。三造は手拭をふって追う真似をして見た、が、仲々逃げなかった。彼は、そろそろ、その梨の木の方へ歩いて行った。三造がその木から二間ばかりの所へ来たとき、鵲は短い濁った鳴声を残して、飛立ってしまった。
【中】 他一边用干毛巾擦着身体,一边注意到,就在眼前的梨树枝上,停着一只喜鹊,正盯着这边看。那是一只黑嘴、白胸、双翼呈紫色的朝鲜乌鸦。在内地生活了很久、许久未见这种鸟的他,简直不知道已经过了多少年了。三造挥动毛巾,装出要赶它的样子,但它却怎么也不飞走。他慢腾腾地,向那棵梨树走去。当三造走到离那棵树还有两间(约3.6米)远的地方时,喜鹊留下一声短促浑浊的鸣叫,振翅飞走了。
【日】 その最初の冒険が(或いは冒険未遂が)どうして洩れたものか、三造には分らなかった。三日ばかり経たった日の昼休みに、二人の五年生が三造を無理に裏山につれて行った。二人とも比較的硬派で、正義派と見なされている生徒等であった。彼等はいずれも身体が大きく、腕力が強かった。三造は仕方なしに彼等について行った。学校の裏には昔の宮殿の趾が残っていた。黄色い塗のはげた、高い屋根の下に「崇政殿」と書いた額が正面を向いていた。屋根の峯には鳳凰ほうおうだの、獅子だの、奇怪な形をした瓦が並んでいた。中には、いつも、学校の、こわれた椅子や机が置かれてあった。竜の紋様を施した、古い石の階段を上って、上級生達は三造を、その崇政殿の後うしろに連れて行った。青くさい臭においが急に鼻を衝いた。石垣を隠すほどに、黒々と夏の雑草が生えていた。葉桜を洩れた六月の陽が、カッと、その上に照りつけていた。
【日】 「学校ができるかと思って、あまり生意気な真似をするな。」と、五年生の一人が彼に言った。他の一人は何も言わなかった。三造も何も弁解しなかった。彼は明らかに恐怖に襲われていた。たかが殴られるだけのことじゃないか、と、そう思って、強いて、気を落着けようとした。にも拘らず、自然に動悸が高まり、顔色が蒼くなってくるのを、彼は感じた。そして、眼だけは外そらさずに、強く、彼等の一人を見詰めていた。「眼鏡めがねを取れ。」と、彼が眼を注いでいなかった方の一人が言った。殴る時に、眼鏡をこわさないように、というのであった。三造はひどい近眼で厚い眼鏡をかけていた。彼はひどく脅やかされていたにも拘らず、いわれた通りに眼鏡をとるのは、意気地がないと感じていた。そうして黙って、二人の上級生を睨みつづけた。突然、一人の手が伸びて、彼の眼鏡のつるを掴んだ。それを防ごうとした三造は、その瞬間、右の頬をしたたか平手で叩かれて、眼鏡を落した。カッとなった彼は、夢中で彼等にとびかかって行った。忽ち彼は草の上に投出された。起上ろうとする所を、二人がのしかかって来て、目茶苦茶に殴った。いい加減殴ってしまうと、二人は黙って帰って行った。
【中】 那最初的冒险(或者说冒险未遂)是怎么泄露出去的,三造并不清楚。过了大约三天,在一天午休的时候,两个五年级学生硬把三造拉到了后山。这两个人都是比较强硬派、被公认为代表着正义的学生。他们俩都人高马大、臂力过人。三造无可奈何,只得跟着他们去了。学校后面保留着昔日宫殿的遗址。在黄色油漆剥落的高高屋顶下,悬挂着一块写着“崇政殿”的牌匾,正对着前方。屋脊上排列着凤凰、狮子等形状奇怪的瓦片。里面,总是堆放着学校里损坏的桌椅。走上雕刻着龙纹的古老石阶,高年级学生们把三造带到了那崇政殿的后面。一股青草的腥味猛然扑鼻而来。黑压压的夏日杂草长得几乎遮住了石墙。六月透过樱花叶漏下的阳光,火辣辣地照在上面。
【中】 “别以为学习好,就做那些太嚣张的事。”一个五年级学生对他说。另一个一言不发。三造也没有做任何辩解。很明显,他被恐惧笼罩了。大不了就是挨顿揍嘛,他这样想着,强迫自己镇定下来。尽管如此,他还是感觉到心跳不由自主地加快,脸色也变得苍白。然而,他的目光并没有移开,而是狠狠地盯着他们中的一个。“把眼镜摘了。”那个没被他盯着的学生说。意思是打人的时候免得把眼镜弄坏了。三造近视得很厉害,戴着厚厚的眼镜。尽管受到了极大的威胁,但他觉得要是乖乖听话摘下眼镜,就太窝囊了。于是,他一声不吭地,继续瞪着这两个高年级学生。突然,一只手伸过来,抓住了他眼镜的镜腿。三造想要阻止,就在那一瞬间,右脸颊狠狠挨了一记耳光,眼镜也掉了下来。勃然大怒的他,不顾一切地朝他们扑了过去。不一会儿,他就被摔在了草地上。正要爬起来的时候,两人压了上来,一顿乱揍。打得差不多了,两人便默不作声地回去了。
【日】 三造は草の上に倒れたまま、しばらくじっとしていた。少しも痛くは感じなかった。涙の粒が彼の眼から草の上に落ちた。俺は意気地のない男だ、と彼は考えていた。せめて、自分から進んで眼鏡をとらなかったことだけが、わずかに彼の自尊心を慰めた。ふと、自分が何か神通力でも得て、散々に今の二人を苛める場面を、彼は頭の中で空想して見た。その空想の中で、彼は孫悟空のように色々な妖術をつかって、さんざんに彼等を悩ますのであった。空想はしばらく続いた。それから覚めると、また新しい憤りが湧いて来た。腕力がないということが、現在の彼にとって如何に致命的なことであるかを、彼は考えて見た。その前には、学校の成績の如きものは、何等の価値もないのであった。それは、どうにも口惜しいことであった。しかも、それは彼にとって、どうにもならないことであった。涙が再び彼の頬を流れた。眼鏡は彼の顔のすぐ前に落ちていた。彼は、背中が陽にあたって暑くなっているのを感じた。石垣の間から、とかげがちょろ、ちょろと出てきて、彼の鼻の先まで来ると、不思議そうに、その小さな瞳をくりくり動かして、彼を眺めた。それから、また、茂った草の間にはいって行った。はげしい草いきれと、土の匂の中に顔を押付けたまま、彼は長い間、泣いた。………
【中】 三造倒在草地上,一动不动地躺了许久。他一点也没感觉到痛。泪珠从他眼里滴落到草地上。我真是个窝囊废啊,他心想。至少,自己没有主动把眼镜摘下来,这一点稍稍慰藉了他的自尊心。忽然,他在脑海中幻想出自己获得了某种神通,狠狠地折磨刚才那两个人的场景。在那幻想中,他像孙悟空一样施展各种妖术,把他们折腾得叫苦连天。幻想持续了一阵子。等回过神来,又涌起了一股新的愤懑。他开始思考,没有臂力,对现在的他来说是多么致命的一件事。在暴力面前,学校成绩之类的东西,根本毫无价值。这真是让人气恼。而且,这对此时的他来说,又是无可奈何的事。泪水再次流过他的脸颊。眼镜就掉在他脸的正前方。他感觉到背部被太阳晒得发烫。从石墙缝里,哧溜哧溜地爬出一只蜥蜴,来到他的鼻尖前,一副不可思议的样子,滴溜溜地转动着小眼睛,打量着他。然后,又钻进了茂密的草丛中。把脸深埋在强烈的草腥味和泥土的芬芳中,他哭了很久很久。………
三
【日】 ラグビイの選手達はもうみんな引揚げてしまって、運動場グラウンドには誰もいなかった。二本の棒に横木を渡したゴオルだけが寂しく残っていた。日はすでに落ちて、旧ふらんす領事館と、その森の、黒い影絵シルエットがくっきりと黄色い空を染抜いていた。外の電車通りと運動場とを隔てる囲いには、昔の城壁が利用されていた。遠い運動場の隅の入口も、やはり、朱と黄とで塗った、古い朝鮮の宮殿の門であった。その門から朝鮮人が長い煙管をくわえながら、水桶をさげてはいって来た。門の内側に泉が湧いていて、彼等はその水を汲みに来るのであった。何年か前、夏の教練に疲れた三造は、よく其処の水を手ですくって飲んだものであった。
【中】 橄榄球选手们已经全都撤走了,操场上空无一人。只剩下用两根木头搭着横木的球门孤零零地立在那里。太阳已经落山,旧法国领事馆及其周围树林的黑色剪影,清晰地印染在昏黄的天空上。隔开外面电车道和操场的围墙,利用的是昔日的城墙。操场尽头角落的入口,也依然是那涂着朱红和黄色的古老朝鲜宫殿的大门。一个朝鲜人叼着长长的烟斗,提着水桶从那扇门里走了进来。门内侧涌出了一眼泉水,他们是来打水的。几年前,夏季军训累得半死的三造,也常去那里用手捧水喝。
【日】 空の色は次第に黒みを帯びた紺色に変りつつあった。プウルでは、三人の中学生が並んで泳いでいた。競泳の選手ででもあるらしく、いずれも、鮮やかな泳ぎぶりであった。彼等は全く良い体格をしていた。その真黒な身体を、素直に伸びた足を、筋肉の盛上った肩つきを、三造は此の上なく羨ましいものに思った。彼は自分の生っ白い腕を眺め、彼等に対して、ひけめを感じない訳にはいかなかった。丁度何年か前、上級生に打ぶたれた時に感じた、あの「肉体への屈服」と、「精神への蔑視」とを、彼は再び事新しく感じるのであった。
【中】 天空的颜色正逐渐变成带黑的深蓝色。在游泳池里,三个中学生正并排游着。看来像是竞泳选手,每个人游得都很漂亮。他们的体格都棒极了。那黝黑的身体,笔直修长的双腿,肌肉隆起的肩膀,让三造感到无比羡慕。他看了看自己苍白的手臂,在他们面前,不禁感到有些自卑。正如几年前,被高年级学生殴打时所感觉到的那样,那种“对肉体的屈服”与“对精神的蔑视”,再一次鲜活地在他心头浮现。