虎狩(猎虎)
作者:中島敦(中岛敦)
一
【日】 私は虎狩の話をしようと思う。虎狩といってもタラスコンの英雄タルタラン氏の獅子狩のようなふざけたものではない。正真正銘の虎狩だ。場所は朝鮮の、しかも京城から二十里位しか隔たっていない山の中、というと、今時そんな所に虎が出て堪たまるものかと云って笑われそうだが、何しろ今から二十年程前迄は、京城といっても、その近郊東小門外の平山牧場の牛や馬がよく夜中にさらわれて行ったものだ。もっとも、これは虎ではなく、豺(ぬくて)という狼おおかみの一種にとられるのであったが、とにかく郊外の夜中の独り歩きはまだ危険な頃だった。次のような話さえある。東小門外の駐在所で、或ある晩巡査が一人机に向っていると、急に恐ろしい音を立ててガリガリと入口の硝子ガラス戸を引掻くものがある。びっくりして眼をあげると、それが、何と驚いたことに、虎だったという。虎が――しかも二匹で、後肢あとあしで立上り、前肢の爪で、しきりにガリガリやっていたのだ。巡査は顔色を失い、早速部屋の中にあった丸太棒を閂かんぬきの代りに扉にあてがったり、ありったけの椅子や卓子を扉の内側に積み重ねて入口のつっかい棒にしたりして、自身は佩刀はいとうを抜いて身構えたまま生きた心地もなくぶるぶる顫ふるえていたという。が、虎共は一時間ほど巡査の胆きもを冷させたのち、やっと諦めて何処どこかへ行って了しまった、というのである。此この話を京城日報で読んだ時、私はおかしくておかしくて仕方がなかった。ふだん、あんなに威張っている巡査が――その頃の朝鮮は、まだ巡査の威張れる時代だった。――どんなに其その時はうろたえて、椅子や卓子や、その他のありったけのがらくたを大掃除の時のように扉の前に積み上げたかを考えると、少年の私はどうしても笑わずにはいられなかった。それに、そのやって来た二匹連れの虎というのが――後肢で立上ってガリガリやって巡査をおどしつけた其の二匹の虎が、どうしても私には本物の虎のような気がしなくて、脅おびやかされた当の巡査自身のように、サアベルを提さげ長靴でもはき、ぴんと張った八字髭ひげでも撫上げながら、「オイ、コラ」とか何とか言いそうな、稚気満々たるお伽話とぎばなしの国の虎のように思えてならなかったのだ。
【中】 我打算讲一个猎虎的故事。虽说是猎虎,但并非像塔拉斯孔的英雄塔塔兰先生猎狮那样近乎儿戏。这是货真价实的猎虎。地点在朝鲜,而且是距离京城(首尔)不过二十里左右的深山中。这么一说,恐怕会有人嘲笑说,都这个年代了,那种地方怎么可能还有老虎出没。但不管怎么说,直到距今大约二十年前,即便是京城,其近郊东小门外平山牧场的牛马也经常在半夜被叼走。虽说叼走它们的不是老虎,而是一种叫做“豺”的狼,但总之,那还是一个在郊外走夜路充满危险的年代。甚至还有这样的传闻:在东小门外的驻在所(派出所),某天晚上,一名巡警独自坐在桌前,入口处的玻璃门突然传来一阵可怕的“嘎吱嘎吱”的抓挠声。他吃惊地抬起头,却惊愕地发现,那竟是老虎。老虎——而且是两只,用后腿站立着,正用前爪不断地抓挠着。据说巡警吓得面无人色,立刻拿房间里的圆木棍当作门闩抵住门,又把所有的椅子和桌子堆在门内侧当顶门棍,自己则拔出佩刀摆出架势,吓得魂不附体,浑身发抖。然而,老虎们让巡警心惊胆战了大约一个小时后,终于放弃,不知去向了。当我在《京城日报》上读到这个故事时,觉得好笑得不得了。平时那么趾高气昂的巡警——那时的朝鲜,还是巡警可以作威作福的时代——在那个时候该是多么惊慌失措,像大扫除一样把椅子、桌子和所有能找到的破烂玩意儿都堆在门前,一想到这些,少年的我就忍不住发笑。而且,那两只结伴而来的老虎——那两只用后腿站立、嘎吱嘎吱抓门恐吓巡警的老虎,我怎么也觉得它们不像真正的老虎,反而觉得它们就像那个被吓坏的巡警本人一样,腰间挂着军刀,穿着长筒靴,一边捋着翘起的八字胡,一边似乎还会喊着“喂,干什么!”之类的话,简直就像是童话国度里稚气十足的老虎。
二
【日】 さて、虎狩の話の前に、一人の友達のことを話して置かねばならぬ。その友達の名は趙大煥といった。名前で分るとおり、彼は半島人だった。彼の母親は内地人だと皆が云っていた。私はそれを彼の口から親しく聞いたような気もするが、或いは私自身が自分で勝手にそう考えて、きめこんでいただけかも知れぬ。あれだけ親しく付合っていながら、ついぞ私は彼のお母さんを見たことがなかった。兎とに角かく、彼は日本語が非常に巧たくみだった。それに、よく小説などを読んでいたので、植民地あたりの日本の少年達が聞いたこともないような江戸前の言葉さえ知っていた位だ。で、一見して彼を半島人と見破ることは誰にも出来なかった。趙と私とは小学校の五年の時から友達だった。その五年の二学期に私が内地から龍山の小学校へ転校して行ったのだ。父親の仕事の都合か何かで幼い時に度々たびたび学校をかわったことのある人は覚えているだろう。ちがった学校へはいった初めの中うちほど厭いやなものはない。ちがった習慣、ちがった規則、ちがった発音、ちがった読本の読み方。それに理由もなく新来者を苛いじめようとする意地の悪い沢山の眼。全く何一つするにも笑われはしまいかと、おどおどするような萎縮した気持に追い立てられてしまう。龍山の小学校へ転校してから二三日経たったある日、その日も読方の時間に、「児島高徳」のところで、桜の木に書きつけた詩の文句を私が読み始めると、皆がどっと笑い出してしまった。赧あかくなりながら一生懸命に読み直せば読み直すほど、みんなは笑いくずれる。しまいには教師までが口のあたりに薄笑いを浮かべる始末だ。私はすっかり厭な気持になって了しまって、その時間が終ると大急ぎで教室を抜け出し、まだ一人も友達のいない運動場の隅っこに立ったまま、泣出したい気持でしょんぼり空を眺めた。今でも覚えているが、その日は猛烈な砂埃すなぼこりが深い霧のようにあたりに立罩たちこめ、太陽はそのうす濁った砂の霧の奥から、月のようなうす黄色い光をかすかに洩らしていた。あとで解ったのだけれども、朝鮮から満洲にかけては一年に大抵一度位はこのような日がある。つまり蒙古もうこのゴビ砂漠に風が立って、その砂塵が遠く運ばれてくるのだ。その日、私は初めて見るその物すさまじい天候に呆気あっけに取られて、運動場の界さかいの、丈たけの高いポプラの梢こずえが、その白い埃の霧の中に消えているあたりを眺めながら、直ぐにじゃりじゃりと砂の溜ってくる口から、絶えずペッペッと唾を吐き棄てていた。すると突然横合から、奇妙な、ひきつった、ひやかすような笑いと共に、「ヤアイ、恥ずかしいもんだから、むやみと唾ばかり吐いてやがる。」という声が聞えた。見ると、割に背の高い、痩せた、眼の細い、小鼻の張った一人の少年が、悪意というよりは嘲笑に充ちた笑いを見せながら立っていた。成程なるほど、私が唾を吐くのは確かに空中の埃のせいではあったが、そういわれて見ると、また先程の「天勾践こうせんを空しゅうする勿なかれ」の恥ずかしさや、一人ぼっちの間まの悪さ、などを紛まぎらすために必要以上にペッペッと唾を吐いていたことも確かに事実のようである。それを指摘された私は、更に先程の二倍も三倍もの恥ずかしさを一時に感じて、カッとすると、前後の見境もなしに、その少年に向ってベソを掻きながら跳びかかって行った。正直にいうと、何も私はその少年に勝てると思って跳びかかって行ったわけではない。身体の小さい弱虫の私は、それまで喧嘩けんかをして勝ったためしがなかった。だから、その時も、どうせ負ける覚悟で、そしてそれ故に、もう半分泣面をしながら跳びかかって行ったのだ。所が、驚いたことに、私が散々叩きのめされるのを覚悟の上で目をつぶって向って行った当の相手が案外弱いのだ。運動場の隅の機械体操の砂場に取組み合って倒れたまま暫しばらく揉もみ合っている中に、苦もなく私は彼を組敷くことが出来た。私は内心やや此この結果に驚きながらも、まだ心を許す余裕はなく、夢中で目をつぶったまま相手の胸ぐらを小突きまわしていた。が、やがて、あまり相手が無抵抗なのに気がついて、ひょいと目をあけて見ると、私の手の下から相手の細い目が、まじめなのか笑っているのか解らない狡ずるそうな表情を浮かべて見上げている。私はふと何かしら侮辱を感じて急に手を緩ゆるめると、すぐに立上って彼から離れた。すると彼も続いて起き上り、黒いラシャ服の砂を払いながら、私の方は見ずに、騒ぎを聞いて駈付けて来た他の少年達に向って、きまり悪そうに目尻をゆがめて見せるのだ。私は却かえって此方こちらが負けでもしたような間まの悪さを覚えて、妙な気持で教室に帰って行った。
【中】 那么,在讲猎虎的故事之前,必须先讲讲我的一个朋友。那个朋友名叫赵大焕。从名字就能看出,他是个半岛人(朝鲜人)。大家都说他的母亲是内地人(日本人)。我总觉得自己好像曾亲口听他说过,或许也只是我自己一厢情愿地这么认为并认定了而已。尽管我们交情那么好,我却从未见过他的母亲。不管怎样,他的日语非常流利。而且,因为他常读小说,甚至连那些在殖民地生活的日本少年都没听过的江户腔他都知道。因此,谁也无法一眼看穿他是个半岛人。我和赵从小学五年级起就是朋友了。五年级第二学期,我从内地转学到了龙山的小学。因为父亲工作的原因或是其他缘故,小时候经常转学的人一定深有体会。刚进新学校的那段日子是最难熬的。不同的习惯,不同的规矩,不同的发音,不同的课文朗读方式。还有那些毫无理由地想要欺负新来者的充满恶意的目光。无论做什么都怕被嘲笑,整个人被一种战战兢兢、萎缩的情绪所驱赶。转学到龙山小学两三天后的一天,那天在阅读课上,读到“儿岛高德”那一课,当我开始朗读写在樱花树上的诗句时,大家突然哄堂大笑。我红着脸拼命地想重新读好,可越是重读,大家笑得越厉害。到最后,连老师的嘴角都浮现出了淡淡的笑容。我的心情糟糕透了,一下课就急忙逃出教室,独自站在还没交到一个朋友的操场角落里,望着天空,心里酸楚得想哭。我至今还记得,那天刮着猛烈的沙尘,像浓雾一样笼罩着四周,太阳在那浑浊的沙雾深处,透出像月亮一样微弱的淡黄色光芒。后来我才知道,从朝鲜到满洲,一年里总有这么一两次这样的天气。也就是说,蒙古戈壁沙漠刮起了大风,沙尘被吹到了遥远的地方。那天,我被这种初次见到的可怕天气惊呆了,一边望着操场边界上高大的白杨树树梢消失在白色的沙尘雾中,一边不断地“呸呸”吐着嘴里很快积聚起来的沙子。突然,从旁边传来一阵奇怪的、抽搐似的、带着嘲弄的笑声,伴随着一句话:“呀,因为觉得丢脸,就一个劲儿地光知道吐口水。”我转头一看,是一个个子偏高、瘦削、细眼、鼻翼微张的少年,他正带着一种与其说是恶意不如说是充满嘲笑的表情站在那里。确实,我吐口水固然是因为空气中的沙尘,但被他这么一说,为了掩饰刚才读“天莫空勾践”时的羞愧以及形单影只的尴尬,我确实比平时多吐了几口口水。被他一语道破,我顿时感到刚才两三倍的羞耻感涌上心头,怒火中烧,也不顾一切地哭丧着脸朝那个少年扑了过去。说实话,我并不是觉得自己能打赢他才扑过去的。我身材矮小又是个胆小鬼,以前打架从来没赢过。所以,当时我也是抱着必输的觉悟,正因如此,我是半哭着脸扑上去的。然而,令人惊讶的是,我闭着眼睛做好了被狠狠揍一顿的准备扑过去的对手,竟然意外地弱。我们在操场角落的体操沙坑里扭打在一起,倒在地上纠缠了一会儿后,我不费吹灰之力就把他压在了身下。我心里对这个结果感到有些惊讶,但还不敢放松警惕,只是闭着眼睛胡乱地抓扯着他的衣襟。过了一会儿,我察觉到对方实在是不怎么反抗,便猛地睁开眼睛一看,只见在他的细眼在我手底下,正浮现出一种不知是认真还是在笑的狡黠表情仰望着我。我突然感到一种莫名的侮辱,急忙松开手,立刻站起来离开了他。于是他也跟着爬起来,一边拍打着黑色呢绒校服上的沙子,一边不看我,只是向那些听到动静跑过来的其他少年们,露出有些尴尬、眼角歪斜的表情。我反而觉得好像是自己输了一样尴尬,带着一种奇怪的心情回到了教室。
【日】 それから二三日たって、その少年と私とは学校の帰りに同じ道を並んで歩いて行った。その時彼は自分の名前が趙大煥であることを私に告げた。名前をいわれた時、私は思わず聞き返した。朝鮮へ来たくせに、自分と同じ級に半島人がいるということは、全く考えてもいなかったし、それに又その少年の様子がどう見ても半島人とは思えなかったからだ。何度か聞き返して、彼の名がどうしても趙であることを知った時、私はくどくど聞き返して悪いことをしたと思った。どうやらその頃私はませた少年だったらしい。私は相手に、自分が半島人だという意識を持たせないように――これは此の時ばかりではなく、その後一緒に遊ぶようになってからもずっと――努めて気を遣つかったのだ。が、その心遣いは無用であったように見えた。というのは、趙の方は自分で一向それを気にしていないらしかったからだ。現に自ら進んで私にその名を名乗った所から見ても、彼がそれを気に掛けていないことは解ると私は考えた。併しかし実際は、これは、私の思い違いであったことが解った。趙は実は此の点を――自分が半島人であるということよりも、自分の友人達がそのことを何時も意識して、恩恵的に自分と遊んでくれているのだ、ということを非常に気にしていたのだ。時には、彼にそういう意識を持たせまいとする、教師や私達の心遣いまでが、彼を救いようもなく不機嫌にした。つまり彼は自ら其の事にこだわっているからこそ、逆に態度の上では、少しもそれに拘泥こうでいしていない様子を見せ、ことさらに自分の名を名乗ったりなどしたのだ。が、この事が私に解ったのは、もっとずっと後になってからのことだ。
【中】 过了两三天,放学后那个少年和我并排走在同一条路上。那时他告诉我他叫赵大焕。听到这个名字时,我忍不住反问了一句。虽然来到了朝鲜,但我完全没想过自己班上会有半岛人,而且怎么看那个少年的样子都不像个半岛人。问了好几遍,终于确信他姓赵时,我觉得自己总是反复追问实在有些失礼。看来那时我已经是个早熟的少年了。为了不让对方产生自己是半岛人的意识——不仅是当时,甚至在后来我们一起玩耍时也一直如此——我总是努力小心翼翼地对待他。但是,这种心思似乎是多余的。因为,赵自己似乎对此毫不在意。我当时想,既然他主动报出名字,就说明他并没有把这放在心上。然而实际上,后来我才发现,这是我的误解。赵其实非常在意这一点——与其说他在意自己是半岛人这件事,不如说他更在意他的朋友们总是意识到这一点,并带着一种施恩般的态度和他玩耍。有时候,连老师和我们为了不让他产生这种意识而表现出的体贴,也会让他无可救药地感到不快。也就是说,正因为他自己内心对这件事耿耿于怀,所以在态度上反而表现出一副毫不在意的样子,甚至特意主动报出自己的名字。不过,我明白这一切,已经是许久以后的事了。
【日】 とにかく、そうして私達の間は結ばれた。二人は同時に小学校を出、同時に京城の中学校に入学し、毎朝一緒に龍山から電車で通学することになった。
【中】 总之,我们的友谊就这样结下了。我们同时小学毕业,同时考入京城的中学,每天早上一起从龙山乘电车上学。
三
【日】 その頃――というのは小学校の終り頃から中学校の初めにかけてのことだが、彼が一人の少女を慕っていたのを私は知っている。小学校の私達の組は男女混合組で、その少女は副級長をしていた。(級長は男の方から選ぶのだ。)背の高い、色はあまり白くはないが、髪の豊かな、眼のきれの長く美しい娘だった。組の誰彼が、少女倶楽部クラブか何かの口絵の、華宵かしょうとかいう挿絵画家の絵を、よく此この少女と比較しているのを聞いたことがあった。趙は小学校の頃から其その少女が好きだったらしいのだが、やがてその少女もやはり龍山から電車で京城の女学校に通うこととなり、往き帰りの電車の中でちょいちょい顔を合せるようになってから、更に気持が昂こうじてきたのだった。ある時、趙はまじめになって私にその事を洩らしたことがあった。はじめは自分もそれ程ではなかったのだが、年上の友人の一人がその少女の美しさを讃ほめるのを聞いてから、急に堪たまらなく其の少女が貴く美しいものに思えてきたと、その時彼はそんなことを云った。口には出さなかったけれども、神経質な彼が此の事についても又、事新しく、半島人とか内地人とかいう問題にくよくよ心を悩ましたろうことは推察に難かたくない。私はまだはっきりと覚えている。ある冬の朝、南大門駅の乗換の所で、偶然その少女に(全く先方もどうかしていて、ひょいとそうする気になったらしいのだが)正面から挨拶され、面喰ってそれに応じた彼の、寒さで鼻の先を赤くした顔つきを。それから又同じ頃やはり電車の中で、私達二人とその少女とが乗合せた時のことを。その時、私達が少女の腰掛けている前に立っている中うちに、脇の一人が席を立ったので、彼女が横へ寄って趙の為に(しかし、それは又同時に私のためとも取れないことはないのだが)席をあけてくれたのだが、その時の趙が、何という困ったような、又、嬉しそうな顔付をしたことか。…………私が何故こんなくだらない事をはっきり憶おぼえているかといえば――いや、全く、こんなことはどうでもいいことだが――それは勿論、私自身も亦また、心ひそかに其の少女に切ない気持を抱いていたからだった。が、やがて、その彼の、いや私達の哀かなしい恋情は、月日が経って、私達の顔に次第に面皰にきびが殖ふえてくるに従って、何処かへ消えて行って了った。私達の前に次から次へと飛出してくる生の不思議の前に、その姿を見失って了った、という方が、より本当であろう。この頃から私達は次第に、この奇怪にして魅力に富める人生の多くの事実について鋭い好奇の眼を光らせはじめた。二人が――勿論、大人に連れられてのことではあるが、――虎狩に出掛けたのは丁度其の頃のことだ。併しついでだから、順序は逆になるが、虎狩は後廻あとまわしにして、その後の彼について、もう少し話して置こうと思う。それから後の彼について思い出すことといえば、もう、ほんの二つ三つしか無いのだから。
【中】 那时候——也就是在小学快毕业到初中刚开学的这段时间,我知道他爱慕着一个少女。我们小学是男女混合班,那个女孩是副班长。(班长是由男生担任的。)她个子很高,皮肤不太白,但头发浓密,是个眼睛细长美丽的女孩。我曾听班里的几个人拿《少女俱乐部》之类杂志卷首插画上一个叫华宵的画家的画来和这个女孩作比较。赵似乎从小学起就喜欢那个女孩了,后来那个女孩也从龙山坐电车去京城的女校上学,在上下学的电车上常常能碰到,他的感情就更加强烈了。有一次,赵很认真地向我吐露了这件事。他说,一开始他自己也没觉得怎样,但是听到一个年长的朋友赞美那个女孩的美丽后,突然就觉得那个女孩无比高贵迷人。虽然他没说出口,但不难推测,神经质的他肯定又在这件事上,为半岛人和内地人这种问题而苦恼过。我至今还清楚地记得。某个冬天的早晨,在南大门站换乘的地方,偶然被那个女孩(也不知对方是怎么想的,大概是一时兴起吧)正面打了招呼,他不知所措地回应时,因为寒冷而鼻尖发红的脸庞。我还记得差不多同一时期,也是在电车上,我们俩和那个女孩同乘一辆车的情景。当时,我们站在坐着的女孩面前,旁边有个人站起来让座,她就往旁边挪了挪,给赵(不过,也可以认为同时是为我)空出了座位,那时的赵,露出了一副多么尴尬又高兴的表情啊。…………我为什么会把这种无聊的小事记得这么清楚呢——哎,其实这种事根本无足轻重——那当然是因为,我自己也在心底暗暗对那个女孩抱有一种苦涩的情愫。然而,随着时间的流逝,随着我们脸上的青春痘逐渐增多,他的,不,我们那悲哀的恋情,也不知消失到哪里去了。也许更确切地说,是在我们面前接连不断涌现的生命的奥秘面前,迷失了它的踪影。从这时起,我们开始对这充满奇怪与魅力的许多人生事实,闪烁起敏锐的好奇目光。我们两人——当然是在大人的带领下——去猎虎,正好就是那个时候的事。不过既然提到了,顺序虽然有些颠倒,猎虎的事先放一放,我想再多讲一点关于他后来的事。因为关于他后来的回忆,已经只有寥寥两三件了。
四
【日】 元来、彼は奇妙な事に興味を持つ男で、学校でやらせられる事には殆ど少しも熱心を示さなかった。剣道の時間なども大抵は病気と称して見学し、真面目に面をつけて竹刀しないを振廻している私達の方を、例の細い眼で嘲笑を浮べながら見ているのだったが、ある日の四時間目、剣道の時間が終って、まだ面も脱とらない私のそばへ来て、自分が昨日三越のギャラリイで熱帯の魚を見て来た話をした。大変昂奮した口調でその美しさを説き、是非私にも見に行くように、自分も一緒に、もう一度行くから、というのだ。その日の放課後私達は本町通りの三越に寄った。それは恐らく、日本で最も早い熱帯魚の紹介だったろう。三階の陳列場の囲いの中にはいると、周囲の窓際に、ずっと水槽を並べてあるので、場内は水族館の中のような仄ほの青い薄明りであった。趙は私を先ず、窓際の中央にあった一つの水槽の前に連れて行った。外そとの空を映して青く透った水の中には、五六本の水草の間を、薄い絹張りの小団扇うちわのような美しい、非常にうすい平べったい魚が二匹静かに泳いでいた。ちょっと鰈かれいを――縦におこして泳がせたような恰好かっこうだ。それに、その胴体と殆ど同じ位の大きさの三角帆のような鰭ひれが如何いかにも見事だ。動く度に色を変える玉虫めいた灰白色の胴には、派手なネクタイの柄のように、赤紫色の太い縞しまが幾本か鮮かに引かれている。
【中】 他生来就是个对奇奇怪怪的事物感兴趣的人,对学校安排的事情几乎提不起半点热情。剑道课什么的,他大半都借口生病只在一旁见习,用他那细长的眼睛带着嘲笑的神情,看着我们戴着面罩一本正经地挥舞着竹剑。有一天第四节课,剑道课结束后,他走到连面罩都还没摘下的我身边,说他昨天在三越百货的画廊看了热带鱼。他用极其兴奋的语调讲述了它们的美丽,并极力劝我也去看看,说他自己也要陪我再去一次。那天放学后,我们顺路去了本町通的三越百货。那恐怕是日本最早引进热带鱼的展览了。走进三楼展厅的围栏内,周围靠窗的地方摆满了一排排水族箱,所以场内就像水族馆里一样,弥漫着微蓝的幽暗光线。赵首先把我领到靠窗中央的一个水族箱前。在映着外面天空、清澈透蓝的水中,在五六根水草之间,有两条像薄绢做的小团扇一样美丽、非常薄且扁平的鱼正在静静地游动。那样子就像是把比目鱼竖起来游一样。而且,它们长着和身体几乎一样大、像三角帆一样的鳍,真是漂亮极了。它们灰白色的身体像吉丁虫一样,每次游动都会变换色彩,身上还鲜艳地印着几条紫红色粗条纹,像花哨的领带图案一样。
【日】 「どうだ!」と、熱心に見詰めている私の傍で、趙が得意気に言った。 硝子ガラスの厚みのために緑色に見える気泡の上昇する行列。底に敷かれた細かい白い砂。そこから生えている巾の狭い水藻。その間に装飾風の尾鰭を大切そうに静かに動かして泳いでいる菱形の魚。こういうものをじっと眺めている中に、私は何時いつの間にか覗のぞき眼鏡で南洋の海底でも覗いているような気になってしまっていた。が、併しかし又、其その時、私には趙の感激の仕方が、あまり仰々しすぎると考えられた。彼の「異国的な美」に対する愛好は前からよく知ってはいたけれども、此この場合の彼の感動には多くの誇張が含まれていることを私は見出し、そして、その誇張を挫くじいてやろうと考えた。で、一通り見終ってから三越を出、二人して本町通を下って行った時、私は彼にわざとこう云ってやった。 ――そりゃ綺麗でないことはないけれど、だけど、日本の金魚だってあの位は美しいんだぜ。―― 反応は直ぐに現れた。口を噤つぐんだまま正面から私を見返した彼の顔付は――その面皰にきびのあとだらけな、例によって眼のほそい、鼻翼びよくの張った、脣の厚い彼の顔は、私の、繊細な美を解しないことに対する憫笑びんしょうや、又、それよりも、今の私の意地の悪いシニカルな態度に対する抗議や、そんなものの交りあった複雑な表情で忽たちまち充たされて了ったのである。その後一週間程、彼は私に口をきかなかったように憶えている。…………
【中】 “怎么样!”在我专心致志地盯着看时,赵在旁边得意洋洋地说。 因为玻璃的厚度而显得发绿的一长串上升的气泡。底部铺着的细白沙。从那里生长出来的细长水草。在这些水草间,小心翼翼地轻轻摆动着装饰般的尾鳍游动着的菱形鱼类。在凝视着这些东西的过程中,不知不觉间,我仿佛觉得自己正拿着窥视镜在窥探南洋的海底。不过,同时我又觉得,赵的激动方式显得有些过于夸张了。虽然我早知道他偏爱“异国情调的美”,但我发现他此时的感动中掺杂了许多夸张的成分,于是我想挫挫他的锐气。所以,当大致参观完毕走出三越百货,两人沿着本町通往下走时,我故意对他这么说: ——漂亮倒也挺漂亮,不过,日本的金鱼也有那么美啊。—— 反应立刻就出现了。他闭口不言,从正面回望着我,他那张表情——那张长满青春痘疤痕、依旧细眼、鼻翼微张、嘴唇厚厚的脸上,瞬间充满了复杂的表情,其中既有对我不能理解细腻之美的怜悯与嘲笑,更有对我刚才那种恶意的、愤世嫉俗态度的抗议。我记得,在那之后的大约一个星期里,他都没跟我说过话。…………
五
【日】 彼と私との交際の間には、もっと重要なことが沢山あったに相違ないのだが、それでも私はこうした小さな出来事ばかり馬鹿にはっきりと憶えていて、他ほかの事は大抵忘れて了しまっている。人間の記憶とは大体そういう風に出来ているものらしい。で、この他に私のよく憶えていることといえば、――そう、あの三年生の時の、冬の演習の夜のことだ。 それは、たしか十一月も末の、風の冷たい日だった。その日、三年以上の生徒は漢江南岸の永登浦えいとうほの近処で発火演習を行おこなった。斥候せっこうに出た時、小高い丘の疎林そりんの間から下を眺めると、其処そこには白い砂原が遠く連なり、その中程あたりを鈍い刃物色をした冬の川がさむざむと流れている。そしてその遥か上の空には、何時いつも見慣れた北漢山のゴツゴツした山骨さんこつが青紫色に空を劃っていたりする。そうした冬枯の景色の間を、背嚢はいのうの革や銃の油の匂、又は煙硝えんしょうの匂などを嗅ぎながら、私達は一日中駈けずり廻った。
【中】 在我和他的交往中,肯定还有许多更重要的事情,然而我却总是把这些小事记得清清楚楚,其他的事大都忘光了。人的记忆大概就是这样形成的吧。除此以外,我还清楚记得的一件事是——对了,就是三年级那次冬季军事演习的夜晚发生的事。 那应该是十一月末的一个寒风凛冽的日子。那天,三年级以上的学生在汉江南岸的永登浦附近进行了实弹演习。出去做侦察兵时,从稍高的山丘上稀疏的树林间往下望去,只见那里有一片白色的沙原向远处延伸,在它中间,一条泛着暗钝刀刃颜色的冬日河流冷飕飕地流淌着。在那遥远的上空,司空见惯的北汉山那嶙峋的山脊,以青紫色划破天空。在那样一片冬日枯槁的景色中,我们嗅着背包的皮革味、枪油味,或是硝烟味,奔跑了一整天。
【日】 その夜は漢江の岸の路梁津ろりょうしんの川原に天幕を張ることになった。私達は疲れた足を引きずり、銃の重みを肩のあたりに痛く感じながら、歩きにくい川原の砂の上をザックザックと歩いて行った。露営地へ着いたのは四時頃だったろう。いよいよ天幕を張ろうと用意にかかった時、今まで晴れていた空が急に曇って来たかと思うと、バラバラと大粒な雹ひょうが烈しく落ちて来た。ひどく大粒な雹だった。私達は痛さに堪えかねて、まだ張りもしないで砂の上に拡げてあったテントの下へ、我先にともぐり込んだ。その耳許へ、テントの厚い布にあたる雹の音がはげしく鳴った。雹は十分ばかりで止んだ。テントの下から首を出した私達は――その同じテントに七八人、首を突込んでいたのだ。――互いに顔を見合せて一度に笑った。その時、私は趙大煥もやはり同じテントから今、首を抜き出した仲間であることを見出した。が、彼は笑っていなかった。不安げな蒼あおざめた顔色をして下を向いていた。側に五年生のNというのが立っていて、何かけわしい顔をしながら彼を咎とがめているのだ。一同があわててテントの下へもぐり込んだ時、趙が肱ひじでもって、その上級生を突飛ばして、眼鏡を叩き落したというのらしかった。元来私達の中学校では上級生が甚だしく威張る習慣があった。途みちで会った時の敬礼はもとより、その他何事につけても上級生には絶対服従ということになっていた。で、私は、その時も趙が大人おとなしくあやまるだろうと思っていた。が、意外にも――あるいは私達がそばで見ていたせいもあるかも知れないが――仲々素直にあやまらないのだ。彼は依固地いこじに黙ったまま突立っているばかりだった。Nは暫しばらく趙を憎さげに見下していたが、私達の方に一瞥いちべつをくれると、そのままぐるりと後を向いて立去って了った。
【中】 那天晚上,决定在汉江岸边的鹭梁津河滩上搭帐篷。我们拖着疲惫的双腿,感到肩膀被枪压得生疼,踩在难走的河滩沙地上发出“沙啦沙啦”的声响走着。到达露营地大约是四点左右吧。正准备动手搭帐篷时,刚才还晴朗的天空突然阴沉下来,紧接着,豆大的冰雹便劈头盖脸地砸了下来。那是极大的冰雹。我们受不了那份疼痛,争先恐后地钻进了还没搭起、只是摊在沙地上的帐篷底下。耳边响起了冰雹猛烈敲打厚实帐篷布的声音。冰雹下了大约十分钟就停了。我们从帐篷下探出头来——大概有七八个人都把头塞在同一个帐篷里——面面相觑,不约而同地笑了起来。那时,我发现赵大焕也是刚从同一个帐篷里探出头来的伙伴之一。但他没有笑。他低着头,脸色苍白,神情不安。旁边站着一个五年级叫N的学生,正黑着脸责备他。似乎是大家慌乱地钻进帐篷时,赵用手肘撞倒了那个高年级学生,并把他的眼镜打落了。本来,我们中学就有高年级学生极度摆谱的习惯。在路上遇见必须敬礼自不必说,在其他任何事情上都必须对高年级学生绝对服从。所以,我以为当时赵会乖乖道歉。但出人意料的是——也许是因为我们在旁边看着的缘故——他怎么也不肯痛快地道歉。他只是固执地一声不吭地杵在那里。N恶狠狠地俯视了赵一会儿,瞥了我们一眼,然后直接转过身走掉了。
【日】 実をいうと、此の時ばかりでなく、趙は前々から上級生に睨にらまれていたのだ。第一、趙は彼等に道で逢っても、あまり敬礼をしないという。これは、趙が近眼であるにも拘かかわらず眼鏡を掛けていないという事実に因よることが多いもののようだった。が、そうでなくても、元来年の割にませていて、彼等上級生達の思い上った行為に対しても時として憫笑を洩らしかねない彼のことだし、それにその頃から荷風の小説を耽読たんどくする位で、硬派の彼等から見て、些いささか軟派に過ぎてもいたので、これは上級生達から睨まれるのも当然であったろう。趙自身の話によると、何でも二度ばかり「生意気だ。改めないと殴るぞ。」と云って、おどかされたそうだ。殊ことに此この演習の二三日前などは学校裏の崇政殿という、昔の李王朝の宮殿址の前に引張られて、あわや殴られようとしたのを、折よく其処を生徒監が通りかかったために危く免れたのだという。趙は私にその話をしながら口のまわりには例の嘲笑の表情を浮かべていたが、その時、又、急にまじめになってこんな事を云った。自分は決して彼等を恐れてはいないし、又、殴られることをこわいとも思っていないのだが、それにも拘らず、彼等の前に出ると顫ふるえる。何を馬鹿なとは思っても、自然に身体が小刻みに顫え出してくるのだが、一体これはどうした事だろう、と其その時彼は真面目な顔をして私に訊ねるのだった。彼は何時も人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべ、人から見すかされまいと常に身構えしているくせに、時として、ひょいとこんな正直な所を白状して見せるのだ。もっとも、そういう正直な所をさらけ出して見せたあとでは、必ず、直ぐに今の行為を後悔したような面持おももちで、又もとの冷笑的な表情にかえるのではあったが。 上級生との間に今云ったような経緯いきさつが前からあったので、それで彼も、その時、素直にあやまれなかったのであろう。其の夕方、天幕が張られてからも、彼はなお不安な落著おちつかない面持をしていた。
【中】 说实话,不止是这一次,赵早就被高年级学生盯上了。首先,据说赵在路上遇到他们时,不太爱敬礼。这多半是因为赵虽然近视却没有戴眼镜。即使不是因为这个,他本来就比同龄人早熟,对于高年级学生那些自以为是的行为,他有时甚至会流露出轻蔑的笑容,而且他从那时起就沉迷于永井荷风的小说,在那些硬派学生看来,他也显得过于软派了,所以被高年级学生盯上也是理所当然的。据赵自己说,他曾两次被人威胁说:“太嚣张了。再不改就揍你。”尤其是在这次演习的两三天前,他被拉到学校后面一个叫崇政殿的旧李朝宫殿遗址前,险些挨揍,幸好学生监督刚好路过,才侥幸逃过一劫。赵一边对我说着这件事,嘴边一边浮现出惯常的嘲笑表情,但那时,他又突然变得严肃起来,说了这样的话。他说自己绝不害怕他们,也不觉得挨打可怕,尽管如此,但在他们面前还是会发抖。就算心里觉得这很荒唐,身体还是会自然而然地微微发抖,这到底是怎么回事呢,那时他一脸认真地问我。他总是挂着一种把人当猴耍的笑容,为了不被人看穿而时刻保持警惕,但他有时却会出乎意料地坦白这种真性情。不过,在暴露出这种真性情之后,他肯定会立刻露出一副后悔刚才举动的神情,又恢复到原来冷笑的表情。 正因为他和高年级学生之间早就有了刚才说的那些过节,所以他当时才没能乖乖道歉吧。那天傍晚,帐篷搭好之后,他依然是一副不安、心神不定的神情。
【日】 幾十かの天幕が河原に張られ、内部に藁わらなどを敷いて用意が出来ると、それぞれ、中で火をおこしはじめた。初めの中は薪まきがいぶって、とても中にはいたたまれなかった。やがて、その煙もしずまると、朝から背嚢はいのうの中でコチコチに固まった握飯の食事が始まる。それが終ると、一度外へ出て人員点呼。それがすんでから各自の天幕に帰って、砂の上に敷いた藁の上で休むことになる。テントの外に立つ歩哨ほしょうは一時間交代で、私の番は暁方あけがたの四時から五時までだったから、それまでゆっくり睡眠がとれるわけだった。その同じ天幕の中には私達三年生が五人と(その中には趙も交っていた。)それに監督の意味で二人の四年生が加わっていた。誰も初めの中は仲々寝そうにもなかった。真中に砂を掘って拵こしらえた急製の炉ろを囲み、火影に赤々と顔を火照ほてらせ、それでも外からと、下からと沁みこんでくる寒さに外套がいとうの襟えりを立てて頸を縮めながら、私達は他愛もない雑談に耽ふけった。その日、私達の教練きょうれんの教官、万年少尉殿が危く落馬しかけた話や、行軍の途中民家の裏庭に踏入って、其の家の農夫達と喧嘩したことや、斥候せっこうに出た四年生がずらかって、秘かに懐中にして来たポケット・ウイスキイの壜を傾け、帰ってから、いい加減な報告をした、などという詰まらない自慢話や、そんな話をしている中に、結局何時の間にか、少年らしい、今から考えれば実にあどけない猥談わいだんに移って行った。やはり一年の年長である四年生が主にそういう話題の提供者だった。私達は目を輝かせて、経験談かそれとも彼等の想像か分らない上級生の話に聞き入り、ほんの詰まらない事にもドッと娯しげな歓声をあげた。ただ、その中で趙大煥一人は大して面白くもなさそうな顔付をして黙っていた。趙とても、こういう種類の話に興味が持てないわけではない。ただ、彼は、上級生の一寸ちょっとした冗談をさも面白そうに笑ったりする私達の態度の中に「卑屈な追従ついしょう」を見出して、それを苦々しく思っているに違いないのだ。
【中】 几十个帐篷在河滩上搭起,里面铺上稻草等准备就绪后,大家便各自在里面生起火来。一开始柴火冒烟,里面根本待不住。过了一会儿,烟散去了,大家开始吃从早上起就在背包里冻得硬邦邦的饭团。吃完后,出去集合点名。点名结束后回到各自的帐篷,在铺在沙地上的稻草上休息。帐篷外站岗的哨兵每一小时换一班,轮到我的时候是凌晨四点到五点,所以在那之前可以好好睡一觉。在同一个帐篷里有我们五个三年级的学生(赵也在其中),还有两个负责监督的四年级学生。一开始谁也不像要睡觉的样子。大家围坐在中间挖沙子做成的临时火堆旁,脸被火光映得通红,尽管如此,面对从外面和下面渗透进来的寒气,我们还是竖起大衣领子缩着脖子,沉浸在漫无边际的闲聊中。聊着那天我们的教练——万年少尉险些落马的事,行军途中踏入民居后院和那家的农夫吵架的事,还有出去侦察的四年级学生偷偷溜走,喝着偷偷带来的口袋装威士忌,回来后又随便瞎报告之类的无聊吹嘘。聊着聊着,不知不觉中,话题就转到了少年们常有的、现在想来真是十分天真的下流笑话上。话题的提供者主要还是大我们一岁的四年级学生。我们眼睛发亮,听着不知是高年级学生的经验之谈还是他们凭空想象的故事,即使是一点鸡毛蒜皮的小事也爆发出欢乐的笑声。只是,在这些人中,只有赵大焕一个人板着一张觉得没什么意思的脸默默不语。赵并不是对这类话题不感兴趣。只是,他肯定从我们对高年级学生开的一点小玩笑就笑得那么开心的态度中,看出了“卑躬屈膝的逢迎”,从而感到厌恶。
【日】 話にも飽き、昼間の疲れも出てくると、めいめい寒さを防ぐために互いに身体をくっつけあいながら藁の上に横になった。私も横になったまま、毛のシャツを三枚と、その上にジャケツと上衣と外套とを重ねた上からもなおひしひしと迫ってくる寒さに暫く顫えていたが、それでも何時の間にかうとうとと睡って了ったものと見える。ひょいと何か高い声を聞いたように思って、眼を覚ましたのは、それから二三時間もたった後だろうか。その途端に私は何かしら悪いことが起ったような感じがして、じっと聞耳を立てると、テントの外から、又、妙に疳高かんだかい声が響いて来た。その声がどうやら趙大煥らしいのだ。私ははっと思って、宵に自分の隣に寐ねていた彼の姿をもとめた。趙はそこにいなかった。恐らくは歩哨の時間が来たので外へ出ているのだろう。が、あの、妙におびやかされた声は? と、その時、今度はハッキリと顫えを帯びた彼の声が布一枚隔てた外から聞えてきた。 ――そんなに悪いとは思わんです。 ――なに? 悪いと思わん?――と今度は別の太い声がのしかかるように響いた。 ――生意気だぞ。貴様! それと共に、明らかにピシャリと平手打の音が、そして次に銃が砂の上に倒れるらしい音と、更にまた激しく身体を突いたような鈍い音が二三度、それに続いて聞えた。私は咄嗟とっさに凡すべてを諒解した。私には悪い予感があったのだ。ふだんから憎まれている趙のことではあり、それに昼間のような出来事があったりしたので、或いは今夜のような機会にやられるのではないかと、宵の中から私はそんな気がしていた。それが今、ほんとうに行われたらしいのだ。私は天幕テントの中で身を起したが、どうする訳にも行かず、ただ胸をとどろかしたまま、暫くじっと外の様子を窺うかがっていた。(外ほかの友人達は皆よく眠っていた。)やがて外は、二三人の立去る気配がしたあとはしいんとした静けさにもどった。私は身仕舞をして、そっと天幕を出て見た。外は思いがけなく真白な月夜だった。そうしてテントから二間けんほど離れた所に、月に照らされた真白な砂原の上に、ポツンと黒く、小さな犬か何かのように一人の少年がしゃがんだまま、じっと顔を俯ふせて動かないでいる。銃は側の砂の上に倒れ、その剣尖けんさきがきらきらと月に光っていた。私は傍に行って彼を見下したまま「Nか?」と訊ねた。Nというのは昼間彼といさかいをした五年生の名前だった。趙は、しかし、下を向いたまま、それに答えなかった。しばらくして、突然、ワッという声を立てて身体を冷たい砂の上に投出すと、背中をふるわせながら、おうおうと声をあげて赤ん坊のように泣き始めた。私はびっくりした。十米メートルほど距てて、隣の天幕の歩哨も見ているのだ。が、趙の、この、平生に似ない真率しんそつな慟哭どうこくが私を動かした。私は彼を扶たすけ起そうとした。彼は仲々起きなかった。やっと抱起すと、他の天幕の歩哨達に見られたくない心遣いから、彼を引張って流れの近くへ連れて行った。十八九日あたりの月がラグビイの球に似た恰好をして寒空に冴えていた。真白な砂原の上には三角形の天幕がずらりと立並び、その天幕の外には、いずれも七八つずつ銃剣が組合わされて立っている。歩哨達は真白な息を吐きながら、冷たそうに銃の台尻を支えて立っている。私達はそれらの天幕の群から離れて漢江の本流の方へと歩いて行った。気がついて見ると、私は何時の間にか趙の銃を(砂の上に倒れていたのを拾って)彼の代りに担になっていた。趙は手袋をはめた両手をだらりと垂らして下を向いて歩いて行ったが、その時、ポツンと――やはり顔を俯せたままで、こんなことを言出した。彼はまだ泣いていたので、その声も嗚咽おえつのために時々とぎれるのであったが、彼は言った。あたかも私を咎とがめるような調子で。 ――どういうことなんだろうなあ。一体、強いとか、弱いとか、いうことは。――
【中】 话聊腻了,白天的疲劳也涌了上来,为了防寒,大家互相挨着身子在稻草上躺下。我也躺着,穿着三件羊毛衫,上面还套了毛衣、上衣和大衣,却依然抵挡不住逼人的寒气,发了一会儿抖,但不知不觉中似乎还是迷迷糊糊地睡着了。大约过了两三个小时,我突然觉得听到了一声尖锐的叫喊,猛地惊醒过来。那一瞬间,我觉得好像发生了什么不好的事,屏息倾听,从帐篷外又传来了一阵奇怪的、尖细的声音。那声音听起来像是赵大焕的。我心里一惊,寻找着入夜时睡在我旁边他的身影。赵不在那里。大概是站岗的时间到了,所以出去了吧。可是,刚才那声听起来充满了恐惧的声音是怎么回事?这时,隔着一层布,从外面清晰地传来了他带着颤抖的声音。 ——我不觉得有那么错。 ——什么?不觉得有错?——接着,一个低沉粗犷的声音像泰山压顶般响了起来。 ——你太嚣张了。混蛋! 伴随而来的,是清晰的一记清脆的耳光声,然后是枪倒在沙地上的声音,紧接着又传来了两三声猛烈撞击身体的沉闷声响。我顿时全明白了。我有一种不祥的预感。赵平时就被人讨厌,加上白天又发生了那样的事,我从入夜起就一直觉得,或许今晚他们会趁机找他算账。看来这确实发生了。我在帐篷里坐起身来,但又不知该如何是好,只能心惊肉跳地静静窥视着外面的动静。(其他的几个朋友都睡得很沉。)过了一会儿,外面传来了两三个人离去的动静,随后又恢复了死一般的寂静。我穿戴整齐,悄悄地走出了帐篷。外面出乎意料地是个明亮的白月夜。在距离帐篷约两间(约3.6米)远的地方,在月光照耀的洁白沙原上,有一个少年像一只小黑狗似的孤零零地蹲在那里,低着头一动不动。枪倒在旁边的沙地上,刺刀尖在月光下闪闪发光。我走到他身边,居高临下地问他:“是N吗?”N是白天和他发生争执的五年级学生的名字。然而,赵只是低着头,没有回答。过了一会儿,他突然“哇”地一声大哭起来,将身体扑在冰冷的沙地上,背部剧烈地颤抖着,像个婴儿般放声大哭。我吓了一跳。在十米开外,隔壁帐篷的哨兵也正看着呢。但是,赵这种与平时截然不同的、真情流露的恸哭打动了我。我想把他扶起来。他怎么也不肯起。好不容易把他抱起来后,出于不想让其他帐篷的哨兵看到的体贴,我拉着他走向了水流附近。大约十八九号的月亮,形状像个橄榄球,在寒冷的夜空中清冷地亮着。洁白的沙原上排列着一顶顶三角形的帐篷,帐篷外面都架着七八支组合在一起的刺刀。哨兵们呼出白色的热气,看起来很冷地扶着枪托站立着。我们离开了那些帐篷群,向汉江的干流走去。等我回过神来,不知何时我已经捡起了掉在沙地上的枪,替赵扛在了肩上。赵戴着手套的双手无力地垂在两旁,低着头走着,这时,他突然——依然低着头,说出了这样的话。因为他还在哭,声音因为抽噎而时断时续,但他这么说了。用一种仿佛在责备我的语调。 ——到底是怎么回事呢。到底,什么是强,什么是弱呢。——
【日】 言葉があまり簡単なため、彼の言おうとしていることがハッキリ解らなかったが、その調子が私を打った。ふだんの彼らしい所は微塵みじんも出ていなかった。 ――俺はね、(と、そこで一度彼は子供のように泣きじゃくって)俺はね、あんな奴等に殴られたって、殴られることなんか負けたとは思いやしないんだよ。ほんとうに。それなのに、やっぱり(ここでもう一度すすり上げて)やっぱり俺はくやしいんだ。それで、くやしいくせに向って行けないんだ。怖こわくって向って行けないんだ。―― ここ迄言って言葉を切った時、私は、ここで彼がもう一度大声で泣出すのではないかと思った。それ程声の調子が迫っていた。が、彼は泣出さなかった。私は彼のために適当な慰めの言葉が見付からないのを残念に思いながら、黙って、砂の上に黒々と映った私達の影を見て歩いて行った。全く、小学校の庭で私と取組み合った時以来、彼は弱虫だった。 ――強いとか、弱いとかって、どういうことなんだろう……なあ。全く。――と、その時、彼はもう一度その言葉を繰返した。私達はいつの間にか漢江の本流の岸まで来ていた。岸に近い所は、もう一帯に薄い氷が張りつめ、中流の、汪洋おうようと流れている部分にも、かなりな大きさの氷の塊がいくつか漂っていた。水の現れている所は美しく月に輝いているけれども、氷の張っている部分は、月の光が磨硝子すりガラスのように消されて了っている。もう、ここ一週間の中にはすっかり氷結して了うだろう、などと考えながら水面を眺めていた私は、その時、ひょいと彼の先刻さっき言った言葉を思い出し、その隠れた意味を発見したように思って、愕然がくぜんとした。「強いとか弱いとかって、一体どういうことだろうなあ」という趙の言葉は――と、その時私はハッと気が付いたように思った――ただ現在の彼一個の場合についての感慨ばかりではないのではなかろうか、と其の時、私はそう思ったのだ。勿論、今から考えて見ると、これは私の思いすごしであったかも知れない。早熟とはいえ、たかが中学三年生の言葉に、そんな意味まで考えようとしたのは、どうやら彼を買被かいかぶりすぎていたようにも思える。が、常々自分の生れのことなどを気にしないように見せながら、実は非常に気にしていた趙のことではあり、又、上級生に苛いじめられる理由の一部をもその点に自みずから帰していたらしい彼を、よく知っていた私であったから、私がその時そんな風に考えたのも、あながち無理ではなかったのだ。そう考えて、さて、自分と並んだ趙のしおれた姿を見ると、そうでなくても慰めの言葉に窮していた私は、更に何と言葉をかけていいやら解らなくなり、ただ黙って水面を眺めるばかりだった。が、それでも私は何かしら心の中で嬉しかった。あの皮肉屋の、気取屋の趙が、いつもの外出よそ行きをすっかり脱いで――前にも言ったように、これ迄にも時として、そういう事もないではなかったが、今夜のような正直な激しさで私を驚かせたことはなかった。――裸の、弱虫の、そして内地人ではない、半島人の、彼を見せてくれたことが、私に満足を与えたのだった。私達はそうして暫く寒い河原に立ったまま、月に照らされた、対岸の龍山から毒村県とくそんけんや清凉里せいりょうりへかけての白々とした夜景を眺めていた。…………
【中】 因为话太简单了,我没能完全明白他想表达什么,但他的语调触动了我。平时那种属于他的特质,此刻已荡然无存。 ——我呀,(说到这儿,他又像个孩子一样抽噎起来)我呀,就算被那些家伙揍了,我也不觉得挨揍就是输了。真的。可是,我还是(在这里他又抽泣了一下)我还是很不甘心。很不甘心,却又不敢反抗。因为害怕而不敢反抗。—— 说到这里他停了下来,我以为他会再次放声大哭。因为他的声音听起来是那么急促压抑。但是,他没有哭出声。我为找不到合适的安慰他的话而感到遗憾,只能默默地看着沙地上映出的黑乎乎的我们的影子,往前走。确实,自从在小学操场上和我打架那次起,他就是个胆小鬼。 ——所谓强,所谓弱,到底是怎么回事呢……真是的。——这时,他又重复了一遍那句话。不知不觉我们已经来到了汉江干流的岸边。靠近岸边的地方,已经结起了一片薄冰,而在中流那波澜壮阔地流淌着的部分,也漂浮着几块相当大的冰块。露出水面的地方在月光下闪耀着美丽的光芒,而结冰的部分,月光却像照在毛玻璃上一样被抹去了。我一边望着水面,一边想着大概在接下来的一周内这里就会完全结冰吧,就在这时,我突然想起了他刚才说的话,仿佛发现了其中的弦外之音,不禁感到愕然。赵说的那句“所谓强所谓弱,到底是怎么回事呢”——那时我仿佛猛然醒悟般觉得——那恐怕不仅仅是针对他目前的个人处境发出的感慨吧。当然,现在回想起来,这也许是我的过度解读。即使他很早熟,要在区区一个初三学生的只言片语中琢磨出那层意思,似乎也有些过于高估他了。但是,他就是那个表面上装作对自己出身毫不在意、实则非常介意的赵,而且我也很清楚,他似乎把被高年级学生欺负的一部分原因也归结到了自己出身身上,所以我当时会那样想,也并非全无道理。想到这里,再看看站在我身边垂头丧气的赵,本就词穷的我,更加不知道该对他说些什么才好,只能默默地望着水面。尽管如此,我内心深处还是有些高兴的。那个爱挖苦人、爱摆架子的赵,彻底脱下了平时的伪装——正如我之前所说,虽然以前偶尔也有过类似情况,但从未像今晚这样以如此真实强烈的感情让我感到震惊。——他向我展示了那个赤裸的、懦弱的,不是内地人而是半岛人的他,这让我感到满足。我们在寒冷的河滩上站了一会儿,眺望着在月光照耀下、从对岸的龙山到毒村县和清凉里一带苍白的夜景。…………
【日】 此の露営の夜の出来事のほかには、彼について思い出すことといっては別に無い。というのは、それから間もなく(まだ私達が四年にならない前に)彼は突然、全く突然、私にさえ一言の予告も与えないで、学校から姿を消して了ったからだ。いうまでもなく、私はすぐに彼の家へたずねて見た。彼の家族は勿論そこにいた。ただ彼だけがいないのだ。支那しなの方へ一寸ちょっと行ったから、という彼の父親の不完全な日本語の返事の外には、何の手掛りも得られなかった。私は全く腹を立てた。前に何とか一言ひとことぐらい挨拶があってもいい筈なのだ。私は、彼の失踪の原因を色々と考えて見ようとしたが、無駄だった。あの露営の晩の出来事が直接の動機となったのだろうか。あのことだけで、学校を廃やめるほどの理由になろうとも思えなかったが、やはり幾分は関係があるような気もした。そう考えると、いよいよ、例の、彼の言った「強い、弱い」云々うんぬんの言葉が意味のあるものに思われてくるのだった。 やがて、彼に関する色々な噂うわさが伝わって来た。彼がある種の運動の一味に加わって活躍しているという噂を一しきり私は聞いた。次には、彼が上海しゃんはいに行って身を持崩しているというような話も――これはやや後になってではあるが――聞いた。その何いずれもがあり得ることに思えたし、又同時に、両方とも根の無いことのように考えられもした。斯こうして、中学を終えると直ぐに東京へ出て了った私は、其の後、杳ようとして彼の消息を聞かないのだ。
【中】 除了这次露营之夜发生的事情外,关于他的回忆就再也没有别的了。因为,在那之后不久(在我们还没上四年级之前),他突然,完全是突然间,甚至连一句预告都没给我,就从学校里消失了。不用说,我立刻去他家找过他。他的家人当然还在那里。只是他不在。除了他父亲用生硬的日语回答“稍微去了一趟支那(中国)那边”之外,我得不到任何线索。我非常生气。不管怎样,他走之前至少该跟我打声招呼吧。我试图去思考他失踪的各种原因,但都是徒劳。难道那个露营之夜发生的事是直接的动机吗?虽然我不认为单凭那件事就足以成为退学的理由,但总觉得还是有几分关系。这么一想,他所说的那句关于“强与弱”的话,就愈发显得意味深长了。 不久,关于他的各种传闻便传开了。我曾听到一阵传闻说,他加入了某种运动的组织并表现活跃。接着,又听说他去了上海,在那儿堕落了——不过这是稍微后来的事了。我觉得这些似乎都有可能,但同时又觉得两者都像是空穴来风。就这样,中学毕业后立刻来到东京的我,在那之后便杳无音信,再也没有听到过他的消息。
六
【日】 虎狩の話をするなどと称しながら、どうやら少し先走りしすぎたようだ。さて、ここらで、愈々いよいよ本題に戻らねばならぬ。で、この虎狩の話というのは、前にも述べたように、趙が行方をくらます二年程前の正月、つまり私と趙とが、例の、目の切れの長く美しい小学校の時の副級長を忘れるともなく次第に忘れて行こうとしていた頃のことだ。 ある日学校が終って、いつもの様に趙と二人で電車の停留所まで来ると、彼は私に、いい話があるから次の停留所まで歩こうと言った。そうして、その時、歩きながら、私に虎狩に行きたくないかと言い出した。今度の土曜日に彼の父親が虎狩に行くのだが、その折、彼も連れて行って貰うことになっているという。で、私なら、かねて名前も言ってあるので、彼の父親も許すに違いないから、一緒に行こうじゃないか、というのだ。私は、虎狩などということは今迄まるで考えて見たことがなかっただけに、その時暫しばらく、驚いたような、彼の言葉が真実であるかどうかを疑うような眼付で彼を見返したものらしい。全く、虎などという代物が、動物園か子供雑誌の挿絵以外に、自分の間近に、現実に――しかも自分が承知しさえすれば、ここ三四日の中に――現れてこようなどとは、それこそ夢にも考えられなかったからだ。で、私は先ず、彼が私をかつごうとしているのではないことを、再三、――彼がやや機嫌を悪くしたくらい――確かめてから、さて、其その場所や、同勢や費用などを尋ねたのだった。そうして、その揚句あげく、彼の父親が承知したら、――というよりも、是非頼むから、無理にも連れて行って貰いたいと、私が言出したのは言うまでもない。趙の父親は元来昔からの家柄の紳士で、韓国時代には相当な官吏をしていたものらしい。そうして、職を辞した今も、いわゆる両班ヤンパンで、その経済的に豊かなことは息子の服装からでも分った。ただ趙は――自分の家庭での半島人としての生活を見られたくなかったのであろう――自分の家へ遊びに来られるのを嫌ったので、私はついぞ彼の家へ――その所在は知っていたが、行ったことはなく、従って彼の父親も知らなかった。何でも虎狩へは殆ど毎年行くのだそうだが、趙大煥が連れて行かれるのは今年が始めてなのだという。だから、彼も興奮していた。その日、二人は電車を降りて別れるまで、この冒険の予想を、殊ことに、どの程度まで自分達は危険に曝さらされるであろうかという点について色々と語り合った。さて、彼に別れて家に帰り、父母の顔を見てから、私は迂闊うかつにも、始めて、此この冒険の最初に横たわる非常な障碍しょうがいを発見しなければならなかった。如何いかにすれば私は両親の許可を得ることが出来ようか? 困難はまず其処そこにあった。元来、私の家では、父などは自ら常に日鮮融和などということを口にしていたくせに、私が趙と親しくしているのを余り喜んでいなかった。まして虎狩などという危険な所へ、そういう友達と一緒にやるなどとは、頭から許さないにきまっている。色々考えあぐんだ末、私は次の様な手段をとろうと決心した。中学校の近所の西大門に、私の親戚――私の従姉の嫁いでいる先――がある。土曜日の午後、そこへ遊びに行くと称して家を出て、その時、ひょっとしたら今晩は泊ってくるかも知れない、と言って置く。私の家にもその親戚の家にも電話はなかったし――少くとも、之これでその晩だけは完全にごまかせる訳だ。勿論、後あとになってばれるにはきまっているが、その時はどんなに叱られたっていい。とにかく其の晩だけ何とかごまかして行ってしまおうと、私は考えた。珍しい貴い経験を得るためには親の叱言こごとぐらいは意に介しない底の小享楽家だったのである。
【中】 说着要讲猎虎的故事,看来有点扯得太远了。好了,到这里,终于要切入正题了。关于猎虎的事,正如前面所说,发生在赵失踪前两年的正月,也就是我和赵即将逐渐淡忘那个有着细长美丽眼睛的小学副班长的时候。 有一天放学后,像往常一样和赵走到电车站时,他对我说有件好事,提议走到下一站。就在那时,他一边走一边问我想不想去猎虎。他说这个星期六他父亲要去猎虎,届时他也能跟着去。既然是我,因为他之前已经提过我的名字,他父亲肯定也会同意的,所以问我要不要一起去。对于猎虎这种事,我之前连想都没想过,所以当时我大概是愣了一会儿,用一种惊讶的、怀疑他的话是否真实的眼神看着他。因为,老虎这东西,除了在动物园或儿童杂志的插图中,要在现实里近距离出现——而且只要我答应,在这三四天之内就会出现——这简直是做梦也想不到的事。于是,我首先再三确认他不是在拿我开涮——问得他都有些不高兴了——然后才询问了地点、同行人数以及费用等问题。结果,不用说,我主动提出,如果他父亲同意的话——不,是恳求他无论如何也要带我去。赵的父亲本是出身名门的绅士,在韩国时代似乎做过相当大的官。辞官后的现在,依然是所谓的“两班”(贵族阶层),从他儿子的穿着就能看出其经济上的富裕。只是赵——也许是不想让人看到他在家里作为半岛人的生活方式——讨厌别人去他家玩,所以我虽然知道他家在哪,却从未去过,因此也不认识他的父亲。据说他父亲几乎每年都会去猎虎,但带上赵大焕今年还是头一次。所以,他也非常兴奋。那天,直到下电车分别,我们俩都在谈论对这次冒险的种种设想,特别是关于我们会面临多大程度危险的问题。与他分别回到家,看到父母的脸后,我这个粗心的人才第一次发觉横亘在这次冒险最初的巨大障碍。我该如何获得父母的许可呢?困难首先就在这里。本来,在我们家,父亲虽然自己经常把日鲜融和挂在嘴边,却并不怎么乐意我和赵走得太近。更何况去猎虎那么危险的地方,和那样的朋友一起去,他是绝对不会同意的。苦思冥想之后,我决定采取以下手段。在我们中学附近的西大门,住着我的亲戚——我表姐出嫁的人家。星期六下午,我借口去那里玩离家,并留言说也许今晚会在那儿过夜。我家和亲戚家都没有电话——至少,这样当晚是能完全瞒天过海的。当然,事后肯定会穿帮,但到时候怎么被骂都行。总之先想办法把那个晚上糊弄过去再说,我当时是这么想的。为了获得稀有而珍贵的经验,哪怕是父母的责骂也满不在乎,我骨子里就是个小小的享乐主义者。
【日】 その翌朝、学校へ行って、趙に、彼の父親が承諾を与えたかと聞くと、彼は怒ったような顔付で「あたりまえさ」と答えた。その日から私達は課業のことなどまるで耳にはいらなかった。趙は私に彼が父親から聞いた色々な話をして聞かせた。虎は夜でなければ餌をあさりに出掛けないこと、豹は木に登れるけれども虎は登れないこと、私達が行こうとしている所は、虎ばかりでなく豹も出るかも知れないということ、その他、銃はレミントンを使うのだとか、ウィンチェスタアにするのだとか、あたかも自分がとっくの昔から知ってでもいたかのような調子で、種々の予備智識を与えるのだった。私もふだんなら「何だ、又聞またぎきのくせに」と一矢酬いる所なのだが、何しろ其の冒険の予想で夢中に喜ばされていた際なので、嬉しがって彼の知ったかぶりを傾聴した。 金曜日の放課後、私は一人で(これは趙にも内緒で)昌慶苑に行った。昌慶苑というのは昔の李王の御苑で、今は動物園になっている所だ。私は虎の檻おりの前に行って、佇たたずんだ。スティイムの通っている檻の中で私から一米と隔たらない距離に、虎は前肢を行儀よく揃えて横たわり、眼を細くしていた。眠っているのではないらしいが、側に近づいた私の方には一顧だに呉くれようとしない。私は出来るだけ彼に近づいて、仔細に観察した。確かに仔牛ぐらいはありそうな盛上った背中の肉付。背中は濃く、腹部に向うに従って、うすくなっている、その黄色の地色を、鮮かに染抜いて流れる黒の縞。目の上や、耳の尖端に生えている白毛。身体にふさわしい大きさで頑丈に作られたその頭と顎。それにはライオンに見られるような装飾風な馬鹿馬鹿しい大きさはなく、如何にも実用向きな獰猛どうもうさが感じられた。このような獣が、やがて山の中で私の眼の前に躍り出してくるのだと思うと、自然に胸がどきどきして来るのを禁ずることが出来なかった。暫く観察していた私は今まで気がつかないでいた事を発見した。それは、虎の頬と顎の下が白いということだ。それから又、彼の鼻の頭が真黒で、猫のそれのように如何にも柔かそうで、一寸手を伸ばしていじって見たいように出来ていることも私を喜ばせた。私はそれらの発見に満足して立去ろうとした。が、私が此処ここに佇んでいた小一時間の間、この獣は私に一瞥いちべつさえ与えなかったのだ。私は侮辱を受けたような気がして、最後に、獣の唸うなるような声を立てて、彼の注意を惹こうと試みた。併し無駄だった。彼は、その細く閉じた眼をあけようとさえしなかった。
【中】 第二天早上到了学校,我问赵他父亲是否同意了,他绷着脸回答:“那是当然。”从那天起,我们连上课的内容都听不进去了。赵把从他父亲那里听来的各种事情讲给我听。他说老虎不到晚上是不会出来觅食的,豹子会爬树但老虎不会,我们要去的地方不仅有老虎,还可能出现豹子,此外,他还用一种仿佛自己很早以前就知道的口吻,告诉我枪要用雷明顿的还是温彻斯特的,给我灌输各种预备知识。要是平时,我肯定会反唇相讥说“什么嘛,明明是道听途说”,但毕竟当时沉浸在对这次冒险的期待中,满心欢喜,所以也很乐意倾听他那种装懂的话。 星期五放学后,我一个人(这也是瞒着赵的)去了昌庆苑。昌庆苑是以前李王的御花园,现在变成了动物园。我走到老虎的笼子前,伫立在那里。在通着暖气的笼子里,距离我不到一米的地方,老虎规矩地并拢着前肢卧着,眯着眼睛。它似乎并没有睡着,但对靠近的我都懒得看一眼。我尽可能地靠近它,仔细观察。那隆起的背部肌肉确实有小牛犊那么大。背部颜色较深,越往腹部颜色越浅的黄色底色上,流淌着鲜明染印般的黑色条纹。眼睛上方和耳朵尖端长着白毛。它那颗为了与身体相称而长得极其结实的头颅和下巴,并没有狮子那种装饰般的夸张感,而是让人感到一种极具实用性的凶猛。一想到这样的野兽不久将在深山中跃入我的眼帘,我的心就忍不住砰砰直跳。观察了一会儿,我发现了一件以前从未注意到的事。那就是,老虎的脸颊和下巴下面是白色的。此外,它的鼻尖是乌黑的,看起来就像猫的鼻子一样柔软,让人忍不住想伸手去摸摸,这也让我感到很高兴。我对这些发现感到满足,准备离开。但是,我在这里站了快一个小时,这头野兽甚至都没有看我一眼。我感觉受到了侮辱,最后,我试着发出像野兽咆哮般的声音,企图引起它的注意。然而,徒劳无功。它连那细细闭着的眼睛都不愿睁开。
【日】 いよいよ土曜日になった。四時間目の数学が終るのを待ちかねて、私は急いで家に帰った。そうして昼飯をすますと、いつもより二枚余計にシャツを着込み、頭巾ずきんやら耳当みみあてやら防寒の用意を充分にととのえてから、かねての計画どおり「親戚の家に泊ってくるかも知れぬ」と言って表へ出た。四時の汽車には少し早過ぎたけれども、家にじっと待っていられなかったのだ。約束の南大門駅の一、二等待合室に行って見ると、だが、もう趙は来ていた。いつもの制服ではなく、スキイ服のような、上から下まで黒ずくめの暖かそうな身軽ななりをしている。彼の父親と、その友人もじきに来る筈だという。二人がしばらく話をしている中に、待合室の入口に、猟服にゲートルを巻き、大きな猟銃を肩に掛けた二人の紳士が現れた。それを見ると、趙は此方こちらから一寸ちょっと手を挙げ、彼等がそばへ来た時に、その背の高い、髭ひげのない方に向って、私を「中山君」と紹介した。それが初めて見る彼の父親だった。五十には少し間のありそうな、立派な体格の、血色のいい、息子に似て眼の細い小父さんだった。私が黙って頭を下げると、先方は微笑で以て之に応こたえた。口をきかなかったのは、息子の趙が前以て言っていたように、日本語があまり達者でないために違いない。もう一人の、茶色の髭を伸ばした、これは一見して内地人ではないと解る方の男にも私は一寸頭を下げた。その男も黙ったまま之に応じ、趙の朝鮮語での説明を聞きながら、私の顔を見下して微笑した。 発車は丁度四時。一行は私をいれて四人の他に、もう一人、これはどちらの下僕か知らないが、主人達の防寒具やら食糧やら弾薬やらを荷になった男がついて来ていた。 汽車に乗ってからも、並んで席を取った趙と私とは二人きりで話しつづけ、大人達とは殆ど口を交えなかった。趙は私の前であまり朝鮮語を使うのを好まないようであった。時々向い側から与えられる父親の注意らしい言葉にも極く簡単に返事するだけだった。 冬の日は汽車の中ですっかり暮れてしまった。鉄道が山地にはいるに従って、窓の外に雪の積っているらしいのが分った。汽車が目的の駅――それは沙里院の手前の何とかいう駅だと思うのだが、それが、今どうしても思い出せない。一つ一つの情景などは実にはっきり憶えているのだが、妙なことに、肝腎の駅の名前は、ど忘れして了っているのだ。――に着いた時は、もう七時を廻っていた。燈火の暗い、低い木造の、小さな駅の前におり立った時、黒い空から雪の上を撫なでてくる風が、思わず私達の頸をちぢめさせた。駅の前にも一向人家らしいものはない。吹晒ふきさらしの野原の向うに、月のない星空を黒々と山らしいものの影が聳そびえているだけだ。一本道を二三町も行った所で、私達は右手にポツンと一軒立っていた低い朝鮮家屋の前に立止った。戸を叩くと、直ぐに中から開いて、黄色い光が雪の上に流れた。みんながはいったので、私も低い入口から背をこごめて這入はいった。家の中は全部油紙を敷詰めた温突オンドルになっていて、急に温い気がむっと襲った。中には七八人の朝鮮人が煙草を吸いながら話し合っていたが、此方を向くと一斉に挨拶をした。と、その中から、此の家の主人らしい赤髯あかひげの男が出て来て、暫く趙の父親と何やら話をしてから、奥へ引込んだ。話は前からしてあったと見えて、やがてお茶を一杯飲むと、二人の本職の猟師と、五六人の勢子せこが――猟師と勢子とは同じような恰好かっこうをしていて、見分け難いのだが、私は趙の注意によって、彼等の持っている銃の大小でそれを区別することが出来た――私達について表へ出た。表には犬も四匹ほど待っていた。
【中】 终于到了星期六。第四节数学课一结束,我便迫不及待地赶回家。吃过午饭后,我比平时多穿了两件衬衫,戴上头巾、耳罩等防寒装备,按照原定计划说了声“也许会在亲戚家过夜”便出门了。虽然赶四点的火车还稍早了些,但我实在无法在家里静静等待。来到约定的南大门站一、二等候车室一看,赵已经到了。他没穿平时的制服,而是穿着像滑雪服一样的、从上到下一身黑、看起来既暖和又轻便的装束。他说他父亲和父亲的朋友马上也会来。两人正聊着,候车室入口处出现了两位穿着猎装、绑着绑腿、肩上挂着大猎枪的绅士。看到他们,赵在这边稍微举了举手,等他们走近时,他向那位个子高、没留胡须的人介绍说我叫“中山君”。那是我第一次见到他的父亲。那是一位不到五十岁、体格魁梧、面色红润、和儿子一样有着细长眼睛的大叔。我默默地低头行礼,对方则以微笑回应。他没开口说话,肯定是因为正如他儿子赵事先说的那样,他的日语不怎么流利。对于另一位留着茶色胡须、一看就知道不是内地人的男子,我也微微低头行礼。那个男子也默默地回应,听着赵用朝鲜语的解释,低头看着我的脸微笑了。 正好是四点发车。除了包括我在内的四人一行外,还跟着一个人,不知是哪家的仆人,背着主人们的防寒具、食物和弹药等行李。 上火车后,并排坐在一起的赵和我一直在聊天,几乎没怎么和大人搭话。赵似乎不喜欢在我面前使用朝鲜语。对于偶尔从对面传来的父亲像是叮嘱的话语,他也只是极简单地回答。 冬日的天色在火车上完全暗了下来。随着铁路进入山区,能看出窗外似乎积了雪。当火车抵达目的地的车站——我想那是沙里院前面的什么车站,但现在怎么也想不起来了。每一个情景都记得清清楚楚,奇怪的是,偏偏把最关键的车站名字给忘了。——到达时,已经过了七点。当我们在灯光昏暗、低矮的木制小车站前下车时,从黑色的夜空抚过雪地吹来的风,让我们不由自主地缩紧了脖子。车站前也根本没有什么人家。在寒风凛冽的原野对面,只有在没有月亮的星空下耸立着黑压压的山影。沿着一条大路走了两三町(约200-300米)后,我们在右手边孤零零立着的一栋低矮朝鲜房屋前停下了脚步。敲了敲门,马上从里面打开了,黄色的光流泻在雪地上。大家走了进去,我也弯着腰从低矮的入口钻了进去。屋里全部是铺满油纸的温突(朝鲜地炕),一股热气猛地扑面而来。里面有七八个朝鲜人正抽着烟交谈着,看到我们立刻一齐行礼。接着,其中一个看起来是这家主人的红胡子男人走出来,和赵的父亲说了一会儿话后退了进去。看来事情早就说好了,喝了杯茶后,两名职业猎人和五六个赶山人——猎人和赶山人打扮得一模一样,很难分辨,不过在赵的提醒下,我可以通过他们手持的枪的大小来区分他们——跟着我们出了门。外面还有四只狗在等着。
【日】 雪明りの狭い田舎道を半里ばかり行くと、道は漸ようやく山にさしかかって来る。疎林の間を、まだ新しい雪を藁靴わらぐつでキュッキュッと踏みしめながら勢子達が真先に登って行く。その前になったり後になったりしながら、犬が――雪明りで毛色ははっきり判らないが、あまり大型でない――脇道をしては、方々の木の根や岩角の匂を嗅ぎ嗅ぎ小走りに走って行く。私達はそれから少し遅れて一かたまりになり、彼等の足跡の上を踏んで行く。今にも横から虎がとび出してきはしまいか、後からかかって来たらどうしよう、などと胸をどきどきさせながら、私は、もう趙とも余り話をせずに黙って歩き続けた。上のぼるに従って道は次第にひどくなる。しまいには、道がなくなって、尖とがった木の根や、突出た岩角を越えて上って行くのだ。寒さはひどい。鼻の中が凍って、突張ってくる。頭巾をかぶり耳には毛皮を当てているのだが、やはり耳がちぎれそうに痛む。風が時々樹梢を鳴らす度に一々はっとする。見上げると、疎まばらな裸木の枝の間から星が鮮かに光っている。こうした山道が凡およそ三時間も続いたろうか。小山程の大きな巌の根を一廻りして、もう可成かなり疲れた私達は、其その時、林の中の一寸した空地に出て来た。すると、私達より少し前に其処そこに着いていた勢子達が、私達の姿を見て、手を挙げて合図をするのだ。みんなはそちらへ駈出した。私もハッとして、おくれずに走って行った。彼等の一人の指す所を見ると、成程、雪の上にはっきりと、直径七八寸もありそうな、猫のそれにそっくりな足跡が印しるされている。そして其の足跡は少しずつ間隔をおいて、私達の来た方角とは直角に空地を横ぎって、林から林へと続いている。しかも、勢子達の一人の言葉を趙が翻訳してくれた所によると、此この足跡はまだ非常に新しいというのだ。趙も私も極度の昂奮と恐怖のために口も利きけなくなって了しまった。一行はしばらく其の足跡について、木立の中を、前後に怠りなく注意を配りながら進んで行った。まもなく其の足跡が林間のもう一つの空地へ導いて行った時、私達はその林のはずれに、多くの裸木に交った二本の松の大木を見つけた。案内人達はしばらくその両方を見比べていたが、やがて、そのくねくね曲った方の一方に攀よじのぼると、背中に負って来た棒や板や蓆むしろなどを、その枝と枝との間に打付けて、忽たちまち其処に即製の桟敷さじきをこしらえ上げて了った。地面から四米ぐらいの高さだったろう。その中へ藁わらを敷詰めて、そこで私達は待つのだ。虎は往きに通った途みちを必ず帰りにも通るという。だから、その松の枝の間にそうして待っていて虎の帰りを迎え撃とうというのだ。三本の曲った太い枝の間に張られた其の藁敷の桟敷は案外広くて、前に言った私達四人の他に、二人の猟師もそこへはいることが出来た。私はそこへ上った時、もう、少くとも後から跳びかかられる心配はなくなったと考えて、ほっとした。私達が上ってしまうと、勢子達は犬を連れ、各々銃を肩に、松明たいまつの用意をして、何処どこか林の奥に消えて了った。
【中】 顺着雪光照亮的狭窄乡间小路走了半里左右,路渐渐进入了山里。赶山人们在疏林间穿着草鞋“吱呀吱呀”地踩着还是崭新的积雪,走在最前面。狗在他们前后穿梭——因为是雪光,看不清毛色,但不是很大的狗——在路边乱窜,到处嗅着树根和岩石角的味道,小跑着前进。我们稍稍落后聚成一团,踩着他们的脚印前行。我不由得担心老虎会不会随时从旁边窜出来,万一从后面扑过来怎么办,心脏砰砰直跳,我也顾不上和赵说话了,只是默默地走着。越往上爬路越难走。最后连路都没了,只能翻越尖锐的树根和突出的岩石角往上爬。天气极度寒冷。鼻孔里都冻僵了,感觉绷得紧紧的。虽然戴着头巾,耳朵上也捂着皮毛,但耳朵依然冻得像要掉下来一样痛。每当风吹过树梢发出声响,我都会心里一惊。抬头望去,稀疏的落叶树枝间,星星正闪烁着清冷的光芒。这样的山路大概走了三个小时吧。绕过一块像小山一样巨大的岩石根部,已经相当疲劳的我们,这时来到了树林中一片不大的空地。这时,比我们早到一步的赶山人们看到我们,举起手示意。大家都朝那边跑去。我心里一紧,也赶紧跑了过去。顺着他们其中一人手指的方向看去,果然,雪地上清晰地印着直径足有七八寸大、和猫爪印一模一样的脚印。这些脚印每隔一段距离,与我们来的方向成直角横穿过空地,从一片树林延伸到另一片树林。而且,据赵把其中一个赶山人的话翻译给我听,这脚印还非常新鲜。赵和我因为极度的兴奋和恐惧,连话都说不出来了。一行人顺着脚印,在树林中前后戒备森严地前进了一会儿。没过多久,当那脚印将我们引向林间另一片空地时,我们在树林的边缘发现了两棵混杂在许多枯树中的参天大松树。向导们比较了一番这两棵树,不久便爬上那棵弯弯曲曲的松树,把背来的木棒、木板和草席等钉在树枝之间,瞬间就在那里搭好了一个临时的看台。大概有四米高吧。里面铺满了稻草,我们就在那里等待。据说老虎去时走过的路,回来时必定还会走。所以,在松树枝间那样等着,是为了伏击老虎归来。在三根弯曲的粗树枝间搭起的这个铺着稻草的看台意外地宽敞,除了前面提到的我们四人外,两名猎人也能进去。当我爬上去时,觉得至少不用担心被从后面袭击了,这才松了一口气。我们爬上去后,赶山人们便带着狗,各自肩扛着枪,拿着火把,消失在树林深处了。
【日】 時は次第に経たつ。雪の白さで土地の上はかなり明るく見える。私達の眼の下は五十坪ほどの空地で、その周囲にはずっと疎らな林が続いている。葉の落ちていないのは、私達ののぼっている木と、その隣の松の外には余り見当らないようだ。その裸木の幹が白い地上に黒々と交錯して見える。時々大きな風が吹いてくると林は一時に鳴りざわめき、やがて風が去るにつれて、その音も海の遠鳴のように次第にかすかになって、寒い空の何処かへ消えてしてしまう。松の枝と葉の間から見上げる星の光は私達を威おどしつけるように鋭い。 そうした見張をしばらく続けている中に、先程の恐怖は大分失なくなって行った。が、そのかわり今度は寒気が容赦なく押寄せて来た。毛の靴下をはいた足の先から、冷たさとも痛さともつかない感覚が次第に上ってくる。大人達は大人達でしきりに話を交しているが、私には時々聞えてくる虎(ホランイ)という言葉の他ほかはまるで解らない。私も、無理にも元気をつけようと、キャラメルを頬張って、ふるえながら趙と話を始めた。趙は私に、先年此の近所で虎に襲われた朝鮮人の話をした。虎の前肢の一撃でその男の頭から顎へかけて顔の半分が抉えぐったように削そぎとられて了ったそうである。明らかに父親からの受売に違いない此の話を、趙はまるで自分が眼の前で見て来たことのように昂奮して語った。その調子は、あたかも彼が、そんな惨劇の今にも目の前で行われるのを切望しているかのようだった。そして実は私もその話を聞きながら、自分に危険のない範囲で、そのような出来事が起ればいい、というような期待をひそかに抱いたのであった。
【中】 时间慢慢流逝。因为白雪的映衬,地面显得相当明亮。我们眼下是一片大约五十坪(约165平方米)的空地,四周连绵着稀疏的树林。除了我们爬上的这棵树和旁边那棵松树外,似乎没怎么看到还有没落叶的树。那些光秃秃的树干在白色的雪地上黑压压地交错着。时而一阵大风吹来,树林便一时喧哗作响,不久风去了,那声音也像远处的海涛声一样渐渐微弱,消失在寒冷的夜空中。从松枝叶隙间仰望的星光,锐利得仿佛在恐吓我们。 在这样守望了一阵子后,刚才的恐惧感已经消失了大半。但是,取而代之的是寒气毫不留情地袭来。从穿着羊毛袜的脚尖开始,一种分不清是冷还是痛的感觉渐渐向上蔓延。大人们热络地交谈着,但我除了偶尔听到的“虎(Horangi)”这个词之外,什么也听不懂。我也为了强打精神,嘴里塞着焦糖,一边发抖一边和赵聊了起来。赵给我讲了前几年在这附近被老虎袭击的朝鲜人的故事。据说老虎前爪的一击,把那个男人从头到下巴半边脸像被剜掉一样削去了。这显然是从他父亲那里听来的二手故事,但赵讲得兴致勃勃,仿佛是他亲眼所见一样。那种语调,仿佛他正渴望着那样的惨剧立刻在眼前上演似的。其实,我在听这个故事时,心里也暗自期待着,在自己没有危险的范围内,如果能发生那样的事情就好了。
【日】 が、二時間待っても、三時間待っても、一向虎らしいものの気配も見えぬ。もう二時間もすれば夜が明けてくるだろう。趙の父親の話によると、こうやって虎狩に来ても、いきなり新しい足跡を見付けるなんぞというのは余程運がいい方で、大抵は二三日麓ふもとの農家に滞在させられるということだから、これはことによると、今晩は出て来ないのではないかな。そうすると、学校や家の都合で逗留とうりゅうできない私は、何にも見ないで帰らなければならないことになる。そうなったら、趙は一体どうするだろう。父親と一緒に虎が出てくるまで此処ここへ何日でも残るつもりだろうか。自分一人で帰るのは詰まらないな。…………そんな事を考え出すと、宵の中うちからの緊張も次第に弛ゆるんで来る。 趙はその時、持って来た鞄かばんの中からバナナを一房取出して私にも分けてくれた。その冷たいバナナを喰べながら、私は妙な事を考えついた。今から思うと、実に笑い話だけれど、其の時私はまじめになって、此のバナナの皮を下へ撒まいておいて、虎を滑らしてやろうと考えたのだ。勿論私とても、屹度きっと虎がバナナの皮で滑って、そのためにたやすく撃たれるに違いないと確信したわけではなかったが、しかし、そんな事も全然あり得ないことではなかろう位の期待を持った。そして喰べただけのバナナの皮は、なるたけ遠く、虎が通るに違いないと思われた方へ投棄てた。さすがに笑われると思ったので、此の考えは趙にも黙ってはいたが。 さて、バナナは失なくなったが、虎は仲々出て来ぬ。期待の外れた失望と、緊張の弛緩しかんとから、私はやや睡気ねむけを催しはじめた。寒い風に顫ふるえながら、それでも私はコクリコクリやりかけた。そうすると、趙一人おいて向うにいた趙の父親が私の肩先を軽く叩いて、覚束おぼつかない日本語で、笑いながら、「虎よりも風邪の方がこわいよ」と注意してくれた。私はすぐに微笑を以て、その注意に応こたえた。が、また間もなく、ウトウトやって了ったものらしい。そうして、それから、どの位時が経ったものか。私は夢の中で、さっき趙に聞いた話の、朝鮮人が虎に襲われている所を見ていたようだった。…………
【中】 然而,等了两个小时,三个小时,却丝毫不见像老虎那样的动静。再过两个小时天就该亮了吧。据赵的父亲说,像这样来猎虎,能一下子发现新脚印的已经是运气极好了,通常都要在山脚的农家待上两三天。这么说来,也许今晚老虎不会出现了。如果是这样的话,因为学校和家里的情况不能久留的我,就得什么也没看到就回去了。要是那样的话,赵会怎么做呢?他打算和父亲一起留在这里,直到老虎出现为止吗?一个人回去真没意思啊。…………这么一想,从入夜起一直紧绷的神经也渐渐放松下来。 那时,赵从带来的包里拿出一串香蕉,分给我吃。一边吃着冰冷的香蕉,我一边想到了一个奇怪的点子。现在想来真是个笑话,但当时我可是认真的,我想把这香蕉皮撒在下面,让老虎滑一跤。当然,我也并不是确信老虎踩到香蕉皮就一定会滑倒并因此轻易被击毙,但我抱着“这种事也并非完全不可能发生”的期待。于是,我把吃剩的香蕉皮尽量往远处,朝我觉得老虎一定会经过的方向扔去。因为觉得说出来肯定会被嘲笑,所以这个想法我也对赵保密了。 好了,香蕉没了,但老虎迟迟不出来。期望落空的失望和神经的松弛,让我开始感到有些困倦。尽管在寒风中冻得发抖,我还是开始小鸡啄米似的打起瞌睡。这时,隔着赵坐在那边的赵的父亲轻轻拍了拍我的肩膀,用生硬的日语笑着提醒我说:“感冒比老虎更可怕哦。”我立刻微笑着回应了他的提醒。但是,没过多久,我似乎又迷迷糊糊地睡着了。那之后,不知过了多久。我仿佛在梦里看到了刚才赵讲的那个朝鲜人被老虎袭击的场景。…………
【日】 さて、それが、どのようにして起ったか。私は不覚にもそれを知らない。ただ、鋭い恐怖の叫びに耳を貫かれてハッと我にかえった時、私は見た。すぐ眼の下に、私達の松の枝から三十米メートルとへだたらない所に、夢の中のそれとそっくりな光景を見た。一匹の黒黄色の獣が私達にその側面を見せて雪の上に腰を低くして立っている。そして其その前には、それから三四間程の間をおいて、一人の勢子らしい男が、側に銃をほうり出し、両手を後につき、足を前方に出したまま躄いざりのような恰好で倒れて、眼だけ放心したように虎の方を見据みすえている。虎は――普通想像されるように、足をちぢめ揃えて、跳びかかるような姿勢ではなくて――猫がものにじゃれる時のように、右の前肢をあげて、チョッカイを出すような様子で、前に進み出そうとしている。私はハッとしながらも、まだ夢の続きでもあるような気で、眼をこすって、もう一度よく見なおそうとした。と、その時だ。私の耳許みみもとからバンと烈しい銃声が起り、更にバン・バン・バンと矢継早に三つの銃声がそれに続いた。鋭い烟硝えんしょうの匂が急に鼻を衝ついた。前へ進みかけた虎は、そのまま大きく口をあけて吼たけりながら後肢で一寸立上ったが、直ぐに、どうと倒れて了った。それが、――私が眼を覚ましてから、銃声が響き、虎が立上って、又倒れるまでが、僅々十秒位の間の出来事であったろう。私はただ呆気あっけに取られて、遠くのフィルムでも見ているような気持で、ぼうっとして眺めていた。
【中】 究竟那是如何发生的。我迷迷糊糊地并不知道。只知道,当一声极其恐惧的尖叫刺穿我的耳朵,让我猛然回过神来时,我看到了。就在我眼皮底下,距离我们所在的松树枝不到三十米的地方,我看到了和梦境中一模一样的光景。一头黑黄色的野兽正侧对着我们,压低身子站在雪地上。在它前方,大约隔着三四间的距离,一个似乎是赶山人的男人,把枪扔在了一旁,双手向后撑着,双腿向前伸着,像个瘫子一样倒在地上,只有眼睛像失了神似的死盯着老虎。而那只老虎——并不像通常想象的那样,缩拢着腿摆出准备扑击的姿势——而是像猫在戏弄东西时一样,抬起右前肢,做出一副要撩拨的姿势,正准备向前走去。我心中一惊,却又觉得似乎还是在梦中,揉了揉眼睛,想要再看清楚些。就在这时。我的耳边“砰”地响起一声猛烈的枪声,紧接着“砰、砰、砰”又接连响了三枪。刺鼻的硝烟味突然冲入鼻腔。刚要向前迈步的老虎,就这样张开大口咆哮着,用后腿稍微站立了一下,便轰然倒下了。从我醒来到枪响、老虎站立又倒下,这前后不过短短十秒钟左右的时间吧。我只是惊呆了,仿佛在看远处的电影胶片一样,呆呆地望着。
【日】 すぐに大人達は木から下りて行った。私達もそれについて下りた。雪の上では、獣もその前に倒れている人間も共に動かない。私達ははじめ棒の先で、倒れている虎の身体をつついて見た。動く気色もないので、やっと安心して、皆その死骸に近寄った。その近所は一面に雪の上を新しい血が真赤に染めていた。顔を横に向けて倒れている虎の長さは、胴だけで五尺以上はあったろう。もう其の時は、空も次第に明けかけて、周囲の木々の梢の色もうっすらと見分けられる頃だったから、雪の上に投出された黄色に黒の縞しまは、何とも言えず美しかった。ただ背中のあたりの、思ったより黒いのが私を意外に思わせた。私と趙とは互いに顔を見合せて、ホッと吐息をつき、もはや危険がないとは知りつつも、まだビクビクしながら、今の今までどんな厚い皮でもたちどころに引裂くことの出来たその鋭い爪や、飼猫のそれとまるで同じな白い口髭くちひげなどに、そっとさわって見たりした。 一方、倒れている人間の方はどうかというと、これはただ恐怖のあまり気を失っただけで、少しの怪我けがもなかった。あとで聞くと、此この男はやはり勢子の一人で、虎を尋ねあぐんで私達の所へ帰って来たのだが、あの空地の所で一寸小用を足している時に、ひょいと横合から虎が出て来たのだという。
【中】 大人们立刻下了树。我们跟着也下去了。在雪地上,无论是野兽还是倒在它前面的那个人都不动弹。我们起先用棍子尖戳了戳倒在地上的老虎的身体。见它毫无动静,这才放下心来,大家都靠近了那具尸体。周围一大片雪地被新鲜的血液染得通红。脸侧向一旁倒着的老虎,光是身长就有五尺(约1.5米)以上。当时,天色已经渐渐亮了,周围树木枝梢的颜色也能依稀分辨出来了,所以,那被抛在雪地上的黄底黑条纹,说不出地美丽。只是它背部那一块比我想象的还要黑,让我感到有些意外。我和赵面面相觑,松了一口气,虽然知道已经没有危险了,但还是战战兢兢地,悄悄摸了摸直到刚才还能瞬间撕裂任何厚皮的那锋利的爪子,以及和家猫一模一样的白胡须。 另一方面,那个倒在地上的人怎么样了呢?他只是因为过度恐惧而晕了过去,一点伤也没有。后来听说,这个男人确实是赶山人之一,因为找老虎找烦了就往我们这边走回来,结果在那个空地正想稍微方便一下的时候,老虎突然从旁边窜了出来。
【日】 私を驚かせたのはその時の趙大煥の態度だった。彼は、その気を失って倒れている男の所へ来ると、足で荒々しく其の身体を蹴返して見ながら私に言うのだ。 ――チョッ! 怪我もしていない―― それが決して冗談に言っているのではなく、いかにも此の男の無事なのを口惜くちおしがる、つまり自分が前から期待していたような惨劇の犠牲者にならなかったことを憤っているように響くのだ。そして側で見ている彼の父親も、息子がその勢子を足でなぶるのを止とめようともしない。ふと私は、彼等の中を流れている此の地の豪族の血を見たように思った。そして趙大煥が気絶した男をいまいましそうに見下している、その眼と眼の間あたりに漂っている刻薄こくはくな表情を眺めながら、私は、いつか講談か何かで読んだことのある「終りを全うしない相」とは、こういうのを指すのではないか、と考えたことだった。 やがて、他の勢子達も銃声を聞いて集って来た。彼等は虎の四肢を二本ずつ縛り上げ、それに太い棒を通し、さかさに吊して、もう明るくなった山道を下りて行った。停留所まで下りて来た私達は一休みして後――虎はあとから貨物で運ぶことにして――すぐに其の午前の汽車で京城に帰った。期待に比べて結末があまりに簡単に終ってしまったのが物足りなかったけれども――殊に、うとうとしていて、虎の出て来る所を見損ったのが残念だったが、とにかく私は自分が一かどの冒険をしたのだ、という考えに満足して家にもどった。 一週間ほどして、西大門の親戚の所からして、私の嘘がばれた時、父から大眼玉を喰ったことは云うまでもない。
【中】 让我吃惊的是当时赵大焕的态度。他走到那个昏死过去的男人身边,用脚粗暴地踢着他的身体,一边对我说。 ——啧!连点伤都没受—— 他这绝对不是在开玩笑,听起来完全是在为这个男人的平安无事感到惋惜,换句话说,他似乎在为这个人没有成为他一直期待的那种惨剧的牺牲品而感到愤懑。而在旁边看着的他的父亲,也完全没有要阻止儿子用脚戏弄那个赶山人的意思。突然间,我仿佛看到了流淌在他们体内这片土地上豪族的血液。望着赵大焕厌恶地俯视着那个昏迷的男人的眼神,以及他眉眼间漂浮着的那种刻薄的表情,我不禁想到,以前在评书或什么书里读到过的“不得善终之相”,指的大概就是这种吧。 不久,其他的赶山人听到枪声也聚集了过来。他们把老虎的四肢两只两只地绑起来,穿上一根粗木棒,倒吊着,沿着已经天亮的山路下山去了。到了车站,我们休息了一会儿后——决定让老虎之后作为货物运走——立刻乘坐上午的火车返回了京城。与之前的期待相比,结局结束得过于草率让我觉得有些不过瘾——特别是我因为打瞌睡错过了老虎出场的瞬间,实在是很遗憾,但不管怎样,我为自己进行了一次像样的冒险而感到满足,回到了家。 大约过了一个星期,因为西大门亲戚那边的事情,我的谎言被拆穿了,自然是被父亲狠狠地训斥了一顿。
七
【日】 さて、これでやっと虎狩の話を終ったわけだ。で、此この虎狩から二年程経たって、例の発火演習の夜から間もなく、彼が私達友人の間から黙って姿を消して了しまったのは、前に言ったとおりだ。そうして、それからここに十五六年、まるで彼とは逢わないのだ。いや、そう云うと嘘になる。実は私は彼に逢ったのだ。しかも、それがつい此の間のことだ。だからこそ、私もこんな話を始める気になったのだが、併しかし、その逢い方というのが頗すこぶる奇妙なもので、果して、逢ったといえるか、どうか。その次第というのはこうだ。 三日程前の午過ひるすぎ、友人に頼まれた或る本を探すために、本郷通りの古本屋を一通り漁あさった私は、かなり眼の疲れを覚えながら、赤門前から三丁目の方へ向って歩いていた。丁度昼休みの時間なので、大学生や高等学校の生徒や、その他の学生達の列が、通り一杯に溢れていた。私が三丁目の近くの、藪やぶそばへ曲る横丁の所まで来た時、その人通りの波の中に、一人の背の高い――その群集の間から一際、頭だけ抜出ているように見えた位だから、余程高かったに違いない――痩せた三十恰好の、ロイド眼鏡を掛けた男の、じっと突立っているのが、私の目を惹ひいた。其その男は背が人並外れて高かったばかりではなく、その風采が、また著しく人目を惹くに足るものだった。古い羊羹ようかん色の縁の、ペロリと垂れた中折を阿弥陀あみだにかぶった下に、大きなロイド眼鏡――それも片方の弦つるが無くて、紐ひもがその代用をしている――を光らせ、汚点しみだらけの詰襟服はボタンが二つも取れている。薄汚ない長い顔には、白く乾いた脣のまわりに疎まばらな無精髭ぶしょうひげがしょぼしょぼ生えて、それが間の抜けた表情を与えてはいるが、しかし、又、其の、間の迫った眉のあたりには、何かしら油断の出来ない感じをさせるものがあるようだ。いって見れば、田舎者の顔と、掏摸すりの顔とを一緒にしたような顔付だ。歩いて来た私は、五六間も先さきから、すでに、群集の中に、この長すぎる身体をもてあましているような異様な風体の男を発見して、それに眼を注いでいた。すると、向うもどうやら私の方を見ていたらしかったが、私がその一間ほど手前に来た時、その男の、心持しかめていた眉の間から、何か一寸ちょっとした表情の和やわらぎといった風のものがあらわれた。そして、その、目に見えない位の微かすかな和らぎが忽ち顔中に拡がったと思うと、急に彼の眼が(勿論、微笑一つしないのだが)私に向って、あたかも旧知を認める時のように、うなずいて見せたのだ。私はびっくりした。そうして、前後を見廻して、其のウインクが私に向って発せられたものであることを確かめると、私は私の記憶の隈々を大急ぎで探しはじめた。その間も、一方、眼の方は相手からそらさずに怪訝けげんそうな凝視を続けていたのだが、その中に、私の心のすみっこに、ハッキリとは解らないが何か非常に長い間忘れていたようなあるものが見付かったような気がした。そして、その会体えたいの知れない或る感じが見る見る拡がって行った時、私の眼は既に、彼の眼差に答えるための会釈えしゃくをしていたのだ。その時にはもう私には、此の男が自分の旧知の一人であることは確かだった。ただそれが誰であったかが疑問として残ったに過ぎない。
【中】 好了,这样猎虎的故事总算是讲完了。而在这场猎虎之后大约两年,也就是在那个实弹演习的夜晚过去不久,他便一言不发地从我们朋友之间消失了,正如我之前所说。从那以后,这十五六年里,我完全没有见过他。不,这么说又是在撒谎了。其实我是见过他的。而且,就在前不久。正因为如此,我才起了念头要讲这个故事,但是,那种相遇的方式却十分奇妙,到底能不能算是“相遇”呢。事情的经过是这样的。 大概三天前的一个午后,为了寻找朋友托我买的一本书,我在本乡通的旧书店里寻觅了一番,眼睛感到相当疲劳,正从赤门前向三丁目的方向走去。因为正好是午休时间,大学生、高中生以及其他学生们的人流挤满了街道。当我走到三丁目附近、转角去吃“薮荞麦”的那条小巷处时,在川流不息的人潮中,一个高个子——在人群中显得鹤立鸡群,只露出个脑袋,所以肯定非常高——削瘦、三十岁模样、戴着赛璐珞宽边眼镜的男人,一动不动地杵在那里,吸引了我的目光。那个男人不仅个子高得出奇,他的风度也极其引人注目。在像阿弥陀佛像那样往后戴着的、边缘耷拉下来的破旧羊羹色软呢帽下,闪着一副巨大的赛璐珞眼镜——而且一边没有镜腿,是用绳子代替的——沾满污渍的立领制服上还掉了两颗扣子。在微微有些脏的长脸上,苍白干燥的嘴唇周围稀稀拉拉地长着些邋遢的胡茬,这让他显得有些呆头呆脑,但是,在他那紧凑的眉宇之间,似乎又透着某种让人不敢掉以轻心的感觉。可以说,就像是一张乡下人的脸和扒手的脸结合在了一起。我走过来时,从五六间(约10米)远的地方,就已经在人群中发现了这个似乎觉得那过长的身体碍手碍脚、打扮怪异的男人,并将目光投向了他。接着,对方似乎也在看着我,当我在离他约一间(约1.8米)远的地方时,那个男人原本微微皱起的眉间,出现了一种类似于表情的缓和。当我觉得那几乎看不见的细微缓和瞬间扩散到他整张脸上时,他的眼睛(当然,他没有一丝微笑)突然向我点了点头,就像认出了老相识一样。我吓了一跳。我环顾前后,确认那个示意是冲着我发的,便立刻开始在记忆的每个角落飞速搜寻。在此期间,我的目光一直没有离开对方,充满疑惑地注视着他,在这注视中,我的心底角落里,仿佛找到了一种说不清道不明的、好像被遗忘了很久的东西。而当那种不知来历的感觉眼看就要扩散开来时,我的眼神已经在向他的目光回礼了。那时我已经可以肯定,这个男人是我的一位旧识。只是究竟是谁,仍是个疑问。
【日】 相手は此方こちらの会釈を見ると、此方も向うを思い出したものと思ったらしく、私の方へ歩み寄って来た。が、別に話をするでもなく、笑顔を見せるでもなく、黙って私と並んで、自分の今来た道を逆に歩き出した。私も亦また黙ったまま、彼が誰であるかを、しきりに思い出そうと努めていた。 五六歩あるいた時、その男は私に嗄しわがれた声で、――私の記憶の中には、どこにも、その様な声はなかった――「煙草を一本くれ」と言い出した。私はポケットを探して、半分程空になったバットの箱を彼の前に差出した。彼はそれを受取り、片方の手を自分のポケットに突込んだかと思うと、急に妙な顔をして、そのバットの箱を眺め、それから私の顔を見た。暫しばらくそうして馬鹿のような顔をして、バットと私とを見比べた後、彼は黙って、私が与えたバットの箱をそのまま私に返そうとした。私は黙ってそれを受取りながらも、何だか狐につままれたような腑に落ちない気持と、又、一寸、馬鹿にされたような腹立たしさの交った気持で、彼の顔を見上げた。すると、彼は、その時初めて、薄笑いらしいものを口の端に浮かべて斯こう独り言のように言った。 ――言葉で記憶していると、よくこんな間違をする。――
【中】 对方看到我的回礼,似乎觉得我也认出他来了,便向我走近。但是,他没有开口说话,也没有露出笑容,只是默默地和我并肩,沿着自己刚才走来的路往回走。我也默默地走着,拼命地想要回忆起他到底是谁。 走了五六步时,那个男人用沙哑的声音——在我的记忆中,怎么也找不到这样的声音——对我说:“给我一根烟。”我摸了摸口袋,把半空的“蝙蝠(Bat)”牌香烟盒递到他面前。他接过去,刚把一只手插进自己的口袋,突然露出一副奇怪的表情,看了看那个烟盒,又看了看我的脸。他就这样像个傻瓜似的来回打量了烟盒和我一会儿,然后一言不发地要把我给他的烟盒原封不动地还给我。我默默地接过来,心里既有种像被狐狸迷住了般莫名其妙的感觉,又有一种被当成傻瓜耍的愤怒感交织在一起,我抬起头看着他的脸。这时,他第一次在嘴角浮现出一丝像是冷笑的东西,像自言自语般说道。 ——用语言来记忆的话,经常会犯这种错误。——
【日】 勿論、私には何の事か、のみこめなかった。が、今度は彼は、極めて興味ある事柄を話すような、勢こんだせかせかした調子で、その説明を始めた。 それによると、彼が私からバットを受取って、さて、燐寸マッチを取出すために右手をポケットに入れた時、彼はそこに矢張り同じ煙草の箱を探りあてたのだという。その時に、彼はハッとして、自分の求めていたものが煙草でなくて燐寸であったことに気がついた。そこで彼は、自分が何故、この馬鹿馬鹿しい間違いをしたかを考えて見た。単なる思い違いと云ってしまえば、それまでだが、それならば、其の思い違いは何処どこから来たか。それを色々考えた末、彼はこう結論したのだ。つまり、それは、彼の記憶が悉ことごとく言葉によったためであると。彼ははじめ自分に燐寸がないのを発見した時、誰かに逢ったら燐寸を貰おうと考え、その考えを言葉として、「自分は他人ひとから燐寸を貰わねばならぬ」という言葉として、記憶の中にとって置いた。燐寸がほんとうに欲しいという実際的な要求の気持として、全身的要求の感覚――へんな言葉だが、此の場合こう云えば、よく解るだろう、と、彼はその時、そう附加えた。――として記憶の中に保存して置かなかった。これがあの間違いのもとなのだ。感覚とか感情ならば、うすれることはあっても混同することはないのだが、言葉や文字の記憶は正確なかわりに、どうかすると、とんでもない別の物に化けていることがある。彼の記憶の中の「燐寸」という言葉、もしくは文字は、何時の間にかそれと関係のある「煙草」という言葉、もしくは文字に置換えられて了っていたのだ。……彼はそう説明した。それが、此の発見がいかにも面白くて堪たまらないというような話ぶりで、おまけに最後に、こういう習慣はすべて概念ばかりで物を考えるようになっている知識人の通弊だ、という思い掛けない結論まで添えた。実をいうと、私は、その間、彼自身は非常に興味を感じているらしい此の問題の説明に、あまり耳を傾けてはいなかった。ただ、そのセカセカした早口なしゃべり方を聞きながら、確かに、これは(声こそ違え)私の記憶の何処かにある癖だ、と思い、しきりに、その誰であったかを思い出そうとしていた。が、丁度、極めてやさしい字が仲々思い出せない時のように、もうすっかり解って了ったような気がしながら、渦巻の外側を流れる芥あくたの如く、ぐるぐる問題のまわりを廻ってばかりいて、仲々その中心にとび込んで行けないのだ。
【中】 当然,我完全听不懂他在说什么。但这次,他用一种仿佛在谈论极其有趣的事情时那种急切、匆忙的语调,开始了解释。 据他说,当他从我这里接过烟,把右手插进口袋准备拿火柴时,他摸到了一盒一模一样的香烟。那一瞬间,他猛然惊醒,发现自己想要找的不是烟而是火柴。于是他思考自己为什么会犯这种愚蠢的错误。如果仅仅说是记错了,那也就罢了,但如果是记错了,那这错误又是从何而来的呢。在种种思考之后,他得出了这样的结论。也就是说,这是因为他的记忆完全依赖于语言。他起初发现自己没有火柴时,心想遇到人就讨一根火柴,并把这个想法作为语言——“我必须向别人要火柴”的语言——留在了记忆中。他没有把它作为真的想要火柴这种实际需求的心情,作为全身性要求的感官——虽然这词有些奇怪,但在这种情况下这么说大概就好理解了,他当时还加上了这么一句。——保存在记忆中。这就是那个错误的根源。感官或感情,即便会淡忘,却不会混淆,但语言和文字的记忆,虽然准确,有时却会不知怎么的变成完全不相干的另一件东西。他记忆中的“火柴”这个词,或者说文字,不知不觉中被替换成了与它相关的“香烟”这个词或文字了。……他这样解释道。他说这番话时,一副觉得这个发现非常有趣、按捺不住的样子,而且最后还加上了一个出人意料的结论:这种习惯是所有只会用概念来思考事物的知识分子的通病。说实话,在这期间,我对这个他自己似乎非常感兴趣的问题的解释,并没有太用心去听。我只是听着他那急促语速的说话方式,心想这确实是我记忆深处某个人的习惯(虽然声音变了),便拼命想要回忆起那是谁。可是,就像一个非常简单的字却怎么也想不起来时一样,明明觉得已经完全知道了,却像是在漩涡外围流动的垃圾一样,只是一直绕着问题的周围打转,怎么也跳不进中心去。
【日】 その中に私達は本郷三丁目の停留所まで来た。彼がそこで立止ったので、私もそれに倣ならった。彼は電車に乗るつもりかも知れない。私達は並んで立ったまま、眺めるともなく、前の薬局の飾窓を眺めていた。彼はそこに何か見付けたらしく、大胯おおまたに其の窓の前に歩いて行った。私も彼について行って覗のぞいて見た。それは新発売の性器具の広告で、見本らしいものが黒い布の上に並べられていた。彼はその前に立って、微笑を浮かべて暫く覗いていた。その彼を、私は横に立って眺めていた。と、その時、彼のそのニヤニヤした薄笑いを横あいから覗き込んだ時、突然、私はすっかり思い出した。今まで私の頭の中で、渦巻のまわりの塵のようにぐるぐる廻ってばかりいた私の記憶が、その時、忽ち渦巻の中心に飛び込んだのだ。皮肉げに脣を曲げたあの薄笑い。眼鏡を掛けてはいるが、その奥からのぞいている細い眼。お人良しと猜疑さいぎとのまざりあった其の眼付。――おお、それが彼以外の誰だろうか。虎に殺され損った勢子せこを足で蹴返していまいましげに見下した彼以外の誰の眼付だろうか。その瞬間、一時に私は、虎狩や熱帯魚や発火演習などをごたごたと想い浮かべながら、これが彼であるのを見出すのに、どうしてこんなに手間を取ったろうか、と自分ながら呆あきれてしまった。そうして私は今や心からの喜びを以て、後から彼の肩を打とうとした。所がその時、真砂町の方から来た一台の電車が停留所に停った。それを見た彼は、私の手がまだ彼の高い肩に達しない前に、そして、私の動作に一向気づきもしないで、あわただしく身を翻ひるがえして、その電車の方へ走って行った。そして、ひらりと飛乗ると、車掌台から此方こちらを向いて右手を一寸挙げて私に会釈し、そのまま、長い身体を折るようにして車内にはいって了った。電車はすぐに動き出した。かくして私は、十何年ぶりかで逢った我が友、趙大煥を、――趙大煥としての一言ひとことをも交さないで、再び、大東京の人混みの中に見失って了ったのだ。
【中】 走着走着,我们来到了本乡三丁目的电车站。他在那里停了下来,我也跟着停下。他也许打算坐电车。我们并排站着,无意地望着前面的药房橱窗。他似乎在里面发现了什么,大步走到橱窗前。我也跟着他去看了看。那是新发售的性器具广告,一些像是样品的东西摆在黑布上。他站在那儿,浮现出微笑看了一会儿。我就站在旁边看着他。就在那时,当我从旁边看到他那带着坏笑的嘴角时,突然,我全都想起来了。直到刚才还在我脑海中像漩涡周围的尘土一样一直打转的记忆,那一刻,瞬间飞入了漩涡的中心。那嘲讽般歪着嘴角的冷笑。虽然戴着眼镜,但从后面窥视的细长眼睛。那交织着老实与猜疑的眼神。——噢,那除了他还能是谁呢。那不是没被老虎咬死的赶山人被他用脚踢翻、并厌恶地俯视着他的眼神,还能是谁的眼神呢。那一瞬间,我脑海中杂乱无章地浮现出猎虎、热带鱼、实弹演习等情景,同时,连我自己都感到吃惊,竟然花了这么大的功夫才认出这就是他。于是,我现在怀着打心底里的喜悦,想要从后面拍拍他的肩膀。然而就在这时,从真砂町方向驶来的一辆电车在车站停下了。看到电车,他赶在我的手还没触碰到他那高高的肩膀之前,并且完全没有察觉到我的动作,便匆忙转过身,朝电车跑去。然后轻巧地跳上车,在车长台上朝这边微微举起右手向我致意,接着便弯下他那长长的身子,钻进车厢里去了。电车马上就开动了。就这样,我与十几年未见的朋友赵大焕,——连一句作为“赵大焕”的交谈都没有,又一次在大东京的人海中,失去了他的踪影。