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黑川启太
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【个人翻译】檸檬 / 柠檬 - 梶井基次郎

全文字数:9777

檸檬 / 柠檬

梶井基次郎

原文

【日】 えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧おさえつけていた。焦躁しょうそうと言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔ふつかよいがあるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。結果した肺尖はいせんカタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。以前私を喜ばせたどんな美しい音楽も、どんな美しい詩の一節も辛抱がならなくなった。蓄音器を聴かせてもらいにわざわざ出かけて行っても、最初の二三小節で不意に立ち上がってしまいたくなる。何かが私を居堪いたたまらずさせるのだ。それで始終私は街から街を浮浪し続けていた。

【中】 一块莫名其妙的不祥之物始终压在我的心头。可以说是焦躁,也可以说是厌恶——就像喝酒之后会有宿醉一样,每天喝酒就会迎来相当于宿醉的时期。它来了。这可有些糟糕。并不是因为随之而来的肺尖卡他或神经衰弱不好,也不是因为那灼烧背脊般的债务不好。真正不好的是那块不祥之物。以前能让我欢喜的任何美妙音乐、任何美丽诗句,现在都让我无法忍受了。即使特意出门去听留声机,刚听两三小节就会突然想站起来离开。有什么东西让我坐立不安。因此,我始终在街头巷尾四处游荡。

【日】 何故なぜだかその頃私は見すぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覚えている。風景にしても壊れかかった街だとか、その街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋が覗のぞいていたりする裏通りが好きであった。雨や風が蝕むしばんでやがて土に帰ってしまう、と言ったような趣きのある街で、土塀どべいが崩れていたり家並が傾きかかっていたり――勢いのいいのは植物だけで、時とするとびっくりさせるような向日葵ひまわりがあったりカンナが咲いていたりする。

【中】 不知为何,我记得那时自己被破败而美丽的事物深深吸引。不管是风景中快要坍塌的街道,还是那街道上比起冷漠的正街更显亲切的后巷:晾晒着脏兮兮的衣物、散落着破烂杂物、能窥见杂乱房间的后巷,我都喜欢。那种被风雨侵蚀、不久将归于泥土般富有情趣的街道,土墙倾颓,房屋歪斜——唯有植物生机勃勃,时不时能看到令人惊艳的向日葵或绽放的美人蕉。

【日】 時どき私はそんな路を歩きながら、ふと、そこが京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎とか――そのような市へ今自分が来ているのだ――という錯覚を起こそうと努める。私は、できることなら京都から逃げ出して誰一人知らないような市へ行ってしまいたかった。第一に安静。がらんとした旅館の一室。清浄な蒲団ふとん。匂においのいい蚊帳かやと糊のりのよくきいた浴衣ゆかた。そこで一月ほど何も思わず横になりたい。希ねがわくはここがいつの間にかその市になっているのだったら。――錯覚がようやく成功しはじめると私はそれからそれへ想像の絵具を塗りつけてゆく。なんのことはない、私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである。そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。

【中】 有时我在这样的路上走着,会努力让自己产生一种错觉:这里不是京都,而是离京都几百里外的仙台或长崎——我现在来到了那样的城市。如果可能的话,我真想逃离京都,去一个谁也不认识的城市。首先要安静。空旷旅馆里的一个单间。干净的被褥。散发着好闻气味的蚊帐和浆洗得挺括的浴衣。我想在那里什么都不想地躺上一个月。但愿这里不知不觉就变成了那座城市。——当错觉终于开始成功时,我就顺势在上面涂抹想象的颜料。其实也没什么特别的,不过是我的错觉和那破败街道的重影。而我沉浸其中,享受着在里面迷失现实中的自己。

【日】 私はまたあの花火というやつが好きになった。花火そのものは第二段として、あの安っぽい絵具で赤や紫や黄や青や、さまざまの縞模様しまもようを持った花火の束、中山寺の星下り、花合戦、枯れすすき。それから鼠花火ねずみはなびというのは一つずつ輪になっていて箱に詰めてある。そんなものが変に私の心を唆そそった。

【中】 我又开始喜欢上烟花那种东西了。烟花本身暂且不论,那些用廉价颜料涂成红、紫、黄、蓝,带有各种条纹图案的成捆烟花,比如“中山寺之星落”、“花合战”、“枯芒草”。还有一种叫“老鼠烟花”的,一个个圈成环状装在盒子里。那些东西莫名地撩拨我的心。

【日】 それからまた、びいどろという色硝子ガラスで鯛や花を打ち出してあるおはじきが好きになったし、南京玉なんきんだまが好きになった。またそれを嘗なめてみるのが私にとってなんともいえない享楽だったのだ。あのびいどろの味ほど幽かすかな涼しい味があるものか。私は幼い時よくそれを口に入れては父母に叱られたものだが、その幼時のあまい記憶が大きくなって落ち魄ぶれた私に蘇よみがえってくる故せいだろうか、まったくあの味には幽かすかな爽さわやかななんとなく詩美と言ったような味覚が漂って来る。

【中】 此外,我还喜欢上了用带色玻璃压制出鲷鱼或花朵图案的玻璃弹珠,也喜欢南京珠。而且,去舔一舔它们的味道成了我无可言喻的享乐。还有什么能比那玻璃的味道更带着一种幽微清凉的滋味呢?我小时候常把它们放进嘴里而被父母责骂,也许是因为那童年甜蜜的记忆在长大落魄的我的脑海中苏醒了吧,那味道中确实飘荡着一种幽微清爽、多少带有诗意美感般的味觉。

【日】 察しはつくだろうが私にはまるで金がなかった。とは言えそんなものを見て少しでも心の動きかけた時の私自身を慰めるためには贅沢ぜいたくということが必要であった。二銭や三銭のもの――と言って贅沢なもの。美しいもの――と言って無気力な私の触角にむしろ媚こびて来るもの。――そう言ったものが自然私を慰めるのだ。

【中】 想必你也猜到了,我当时身无分文。尽管如此,为了在看到那些东西、心念微动的时刻安慰自己,我还是需要奢侈的。哪怕是两三分钱的东西——却又堪称奢侈的事物。哪怕是美丽的东西——却又能迎合我无力触角的事物。——正是这些东西自然而然地抚慰了我。

【日】 生活がまだ蝕むしばまれていなかった以前私の好きであった所は、たとえば丸善であった。赤や黄のオードコロンやオードキニン。洒落しゃれた切子細工や典雅なロココ趣味の浮模様を持った琥珀色や翡翠色ひすいいろの香水壜こうすいびん。煙管きせる、小刀、石鹸せっけん、煙草たばこ。私はそんなものを見るのに小一時間も費すことがあった。そして結局一等いい鉛筆を一本買うくらいの贅沢をするのだった。しかしここももうその頃の私にとっては重くるしい場所に過ぎなかった。書籍、学生、勘定台、これらはみな借金取りの亡霊のように私には見えるのだった。

【中】 在生活尚未被侵蚀之前,我喜欢的地方,比如说是丸善。红色或黄色的古龙水和奎宁水。带有雅致的切子工艺或典雅洛可可式浮雕花纹的琥珀色、翡翠色香水瓶。烟斗、小刀、肥皂、香烟。我常常花上将近一个小时去看这些东西。而最终我所能做的极度奢侈,不过是买一支上好的铅笔。然而,那个地方对我那时来说,也已经变成了一个让人感到沉重压抑的场所。书籍、学生、收银台,这些在我看来,都像是讨债人的亡灵。

【日】 ある朝――その頃私は甲の友達から乙の友達へというふうに友達の下宿を転々として暮らしていたのだが――友達が学校へ出てしまったあとの空虚な空気のなかにぽつねんと一人取り残された。私はまたそこから彷徨さまよい出なければならなかった。何かが私を追いたてる。そして街から街へ、先に言ったような裏通りを歩いたり、駄菓子屋の前で立ち留どまったり、乾物屋の乾蝦ほしえびや棒鱈ぼうだらや湯葉ゆばを眺めたり、とうとう私は二条の方へ寺町を下さがり、そこの果物屋で足を留とめた。ここでちょっとその果物屋を紹介したいのだが、その果物屋は私の知っていた範囲で最も好きな店であった。そこは決して立派な店ではなかったのだが、果物屋固有の美しさが最も露骨に感ぜられた。果物はかなり勾配の急な台の上に並べてあって、その台というのも古びた黒い漆塗うるしぬりの板だったように思える。何か華やかな美しい音楽の快速調アッレグロの流れが、見る人を石に化したというゴルゴンの鬼面――的なものを差しつけられて、あんな色彩やあんなヴォリウムに凝こり固まったというふうに果物は並んでいる。青物もやはり奥へゆけばゆくほど堆うず高く積まれている。――実際あそكريの人参葉にんじんばの美しさなどは素晴すばらしかった。それから水に漬つけてある豆だとか慈姑くわいだとか。

【中】 有一天早晨——那时我正从甲朋友的宿舍搬到乙朋友的宿舍,过着辗转寄居的生活——朋友去学校后,我被孤零零地留在了空虚的空气中。我又不得不从那里出去徘徊。有什么东西在驱赶我。于是我穿街走巷,走在前面提到的那种后巷里,在粗点心店前驻足,凝视干货店的干虾、棒鳕鱼和豆腐皮,最后我朝着二条方向顺着寺町街往下走,在那里的水果店前停下了脚步。这里我想稍微介绍一下那家水果店,那是我所知的范围内最喜欢的一家店。那绝不是一家气派的店,但水果店固有的美却表现得淋漓尽致。水果摆放在坡度相当陡的台子上,那个台子似乎是一块古旧的黑漆木板。水果的摆放方式,就像是有一股华丽优美的音乐快板洪流,被戴着将看客化为石头的蛇发女妖面具之类的人施了法,凝固成了那样的色彩和体积。蔬菜也是越往里堆得越高。——实际上,那里的胡萝卜叶真是美极了。还有泡在水里的豆子、茨菰等。

【日】 またそこの家の美しいのは夜だった。寺町通はいったいに賑にぎやかな通りで――と言って感じは東京や大阪よりはずっと澄んでいるが――飾窓の光がおびただしく街路へ流れ出ている。それがどうしたわけかその店頭の周囲だけが妙に暗いのだ。もともと片方は暗い二条通に接している街角になっているので、暗いのは当然であったが、その隣家が寺町通にある家にもかかわらず暗かったのが瞭然はっきりしない。しかしその家が暗くなかったら、あんなにも私を誘惑するには至らなかったと思う。もう一つはその家の打ち出した廂ひさしなのだが、その廂が眼深まぶかに冠った帽子の廂のように――これは形容というよりも、「おや、あそこの店は帽子の廂をやけに下げているぞ」と思わせるほどなので、廂の上はこれも真暗なのだ。そう周囲が真暗なため、店頭に点つけられた幾つもの電燈が驟雨しゅううのように浴びせかける絢爛けんらんは、周囲の何者にも奪われることなく、ほしいままにも美しい眺めが照らし出されているのだ。裸の電燈が細長い螺旋棒らせんぼうをきりきり眼の中へ刺し込んでくる往来に立って、また近所にある鎰屋かぎやの二階の硝子ガラス窓をすかして眺めたこの果物店の眺めほど、その時どきの私を興がらせたものは寺町の中でも稀まれだった。

【中】 此外,那家店最美的时候是在夜晚。寺町大街本是一条繁华的街道——虽说如此,但感觉比东京或大阪要清朗得多——橱窗里的光大量流泻到街道上。但不知为何,唯独那家店门前的周围却显得异常昏暗。它本就位于一侧连接着昏暗的二条大街的街角,暗是理所当然的,但奇怪的是,尽管相邻的房子都在寺町大街上,却也同样昏暗。然而,如果那家店周围不昏暗的话,我想它也不至于对我产生如此大的诱惑力。另一点是那家店挑出的屋檐,那屋檐就像压得很低的帽子帽檐——与其说是形容,不如说是让人觉得“哎呀,那家店的帽檐压得真低啊”,以至于屋檐上方也是一片漆黑。正因为周围漆黑一片,店前点亮的好几盏电灯如阵雨般倾泻而下的绚烂,才没有被周围的任何事物夺走,恣意地照亮了这幅美丽的景致。我站在路上,任由裸露的电灯将细长的螺旋灯丝的光芒刺入眼中;我也曾透过附近“鎰屋”二楼的玻璃窗眺望,这家水果店的景色,是寺町中少有的、能让当时的我会心一笑的风景。

【日】 その日私はいつになくその店で買物をした。というのはその店には珍しい檸檬れもんが出ていたのだ。檸檬などごくありふれている。がその店というのも見すぼらしくはないまでもただあたりまえの八百屋に過ぎなかったので、それまであまり見かけたことはなかった。いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈たけの詰まった紡錘形の恰好かっこうも。――結局私はそれを一つだけ買うことにした。それからの私はどこへどう歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛ゆるんで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。あんなに執拗しつこかった憂鬱が、そんなものの一顆いっかで紛らされる――あるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。

【中】 那天,我反常地在那家店里买了东西。因为那家店里出现了罕见的柠檬。柠檬其实是很常见的东西。但因为那家店虽然说不上破败,充其量也不过是个普通的蔬菜铺,所以我以前很少在那里见到。说起来,我很喜欢那种柠檬。那种仿佛把柠檬黄颜料从颜料管里挤出来凝固般的纯粹色彩,还有那种短短的纺锤形的样子。——最终,我决定只买一个。之后我去了哪里,又是怎么走的呢?我在街上走了很久。自从握住那个柠檬的瞬间起,那块始终压在我心头的不祥之物似乎松动了一些,走在街上的我感到非常幸福。那样固执的忧郁,竟然被这么一颗果实给排遣了——这让人难以置信的事情,却成了荒诞的真实。话虽如此,人的心可真是个不可思议的东西。

【日】 その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。その頃私は肺尖はいせんを悪くしていていつも身体に熱が出た。事実友達の誰彼だれかれに私の熱を見せびらかすために手の握り合いなどをしてみるのだが、私の掌が誰のよりも熱かった。その熱い故せいだったのだろう、握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。

【中】 那柠檬的冰冷感觉无比的好。那时我肺尖有毛病,身体总是发热。事实上,为了向朋友们炫耀我的热度,我常和他们握手,我的手掌总是比任何人的都热。也许正是因为这股热,从握着柠檬的手掌里渗透进身体的那种冰冷,令人感到十分惬意。

【日】 私は何度も何度もその果実を鼻に持っていっては嗅かいでみた。それの産地だというカリフォルニヤが想像に上って来る。漢文で習った「売柑者之言」の中に書いてあった「鼻を撲うつ」という言葉が断きれぎれに浮かんで来る。そしてふかぶかと胸一杯に匂やかな空気を吸い込めば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかった私の身体や顔には温い血のほとぼりが昇って来てなんだか身内に元気が目覚めて来たのだった。……

【中】 我一遍又一遍地把那颗果实拿到鼻前闻了又闻。脑海中浮现出它的产地加利福尼亚。以前在古文里学过的《卖柑者言》中“扑鼻”这个词断断续续地浮现出来。当我深深地将这芬芳的空气吸满胸腔时,我那从未做过深呼吸的身体和脸上,便升起了一股温热的血流,感觉身体里的元气仿佛苏醒了过来。……

【日】 実際あんな単純な冷覚や触覚や嗅覚や視覚が、ずっと昔からこればかり探していたのだと言いたくなったほど私にしっくりしたなんて私は不思議に思える――それがあの頃のことなんだから。

【中】 实际上,那么单纯的冷觉、触觉、嗅觉和视觉,竟然与我如此契合,让我甚至想说我从很久以前就一直在寻找这个——考虑到那正是那个时期的事,我觉得真是不可思议。

【日】 私はもう往来を軽やかな昂奮に弾んで、一種誇りかな気持さえ感じながら、美的装束をして街を歩かっぽした詩人のことなど思い浮かべては歩いていた。汚れた手拭の上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量はかったり、またこんなことを思ったり、

【中】 我迈着轻快兴奋的步伐走在街上,甚至感到一种骄傲,脑海中浮现出那些穿着唯美服装在街头阔步的诗人。我把它放在弄脏的手巾上,或是贴在斗篷上,打量着色彩的映衬,还暗自思忖:

【日】 ――つまりはこの重さなんだな。――

【中】 ——说到底,就是这份重量啊。——

【日】 その重さこそ常つねづね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心かいぎゃくしんからそんな馬鹿げたことを考えてみたり――なにがさて私は幸福だったのだ。

【中】 这份重量正是我一直苦苦寻觅的,毫无疑问,这份重量是将所有美好的、美丽的事物换算成重量后的总和。我甚至出于得意的幽默感,想出这种荒唐的念头——不管怎样,我当时很幸福。

【日】 どこをどう歩いたのだろう、私が最後に立ったのは丸善の前だった。平常あんなに避けていた丸善がその時の私にはやすやすと入れるように思えた。

【中】 我究竟是怎么走的呢,最后我停在了丸善的门前。平时我那么避之不及的丸善,那时的我却觉得可以轻松踏入。

【日】 「今日は一ひとつ入ってみてやろう」そして私はずかずか入って行った。

【中】 “今天就进去看看吧。”于是我大步流星地走了进去。

【日】 しかしどうしたことだろう、私の心を充たしていた幸福な感情はだんだん逃げていった。香水の壜にも煙管きせるにも私の心はのしかかってはゆかなかった。憂鬱が立て罩こめて来る、私は歩き廻った疲労が出て来たのだと思った。私は画本の棚の前へ行ってみた。画集の重たいのを取り出すのさえ常に増して力が要るな! と思った。しかし私は一冊ずつ抜き出してはみる、そして開けてはみるのだが、克明にはぐってゆく気持はさらに湧いて来ない。しかも呪われたことにはまた次の一冊を引き出して来る。それも同じことだ。それでいて一度バラバラとやってみなくては気が済まないのだ。それ以上は堪たまらなくなってそこへ置いてしまう。以前の位置へ戻すことさえできない。私は幾度もそれを繰り返した。とうとうおしまいには日頃から大好きだったアングルの橙色だいだいろの重い本までなおいっそうの堪えがたさのために置いてしまった。――なんという呪われたことだ。手の筋肉に疲労が残っている。私は憂鬱になってしまって、自分が抜いたまま積み重ねた本の群を眺めていた。

【中】 可是怎么回事呢,充盈我内心的幸福感渐渐溜走了。无论是香水瓶还是烟斗,都无法吸引我的心。忧郁再次笼罩而来,我想大概是走来走去疲劳发作了吧。我走到画册的书架前。我心想,连抽出那些沉重的画册,都要比平时费更大的力气!然而,我还是把它们一本本地抽出来,翻开看看,可是那种想要仔细翻阅的心情却再也涌不出来了。更该死的是,我又抽出下一本。结果也是一样。尽管如此,若不哗啦哗啦地翻动一下,心里就过意不去。到后来实在受不了了,就把它们扔在那里。甚至连放回原处都做不到。我重复了好几次这样的动作。到了最后,因为越发难以忍受,我甚至把平时最喜欢的安格尔的那本橙色厚重画册也扔在了一旁。——真是见鬼。手部肌肉还残留着疲惫感。我变得极其忧郁,呆呆地望着自己抽出来堆放着的书群。

【日】 以前にはあんなに私をひきつけた画本がどうしたことだろう。一枚一枚に眼を晒さらし終わって後、さてあまりに尋常な周囲を見廻すときのあの変にそぐわない気持を、私は以前には好んで味わっていたものであった。……

【中】 以前那么吸引我的画册,现在是怎么了。一页一页地看完之后,再环视四周过于寻常的环境,那种奇怪的不协调感,以前的我是很喜欢品味的。……

【日】 「あ、そうだそうだ」その時私は袂たもとの中の檸檬れもんを憶い出した。本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試してみたら。「そうだ」

【中】 “啊,对了,对了。”就在那时,我想起了袖兜里的柠檬。把书的色彩弄得杂乱无章地堆起来,用这颗柠檬试一次吧。“对,就这么办。”

【日】 私にまた先ほどの軽やかな昂奮が帰って来た。私は手当たり次第に積みあげ、また慌あわただしく潰し、また慌しく築きあげた。新しく引き抜いてつけ加えたり、取り去ったりした。奇怪な幻想的な城が、そのたびに赤くなったり青くなったりした。

【中】 我又恢复了刚才那种轻快的兴奋感。我随手把书堆起来,又慌忙推倒,接着再次慌忙堆起。抽出新的书加上去,或者拿走几本。那座奇怪的梦幻城堡,随着我的动作时而变红,时而变蓝。

【日】 やっとそれはでき上がった。そして軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬れもんを据えつけた。そしてそれは上出来だった。

【中】 终于建好了。我压抑着怦怦直跳的心,小心翼翼地把柠檬放在了那座城墙的顶端。堪称杰作。

【日】 見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。私は埃ほこりっぽい丸善の中の空気が、その檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。私はしばらくそれを眺めていた。

【中】 放眼望去,那柠檬的色彩将杂乱无章的色调悄然吸收进它纺锤形的身体里,显得异常澄澈清冽。我觉得丸善里那满是灰尘的空气,似乎只有在柠檬周围才变得异常紧绷。我默默凝视了一会儿。

【日】 不意に第二のアイディアが起こった。その奇妙なたくらみはむしろ私をぎょっとさせた。

【中】 突然,我又有了第二个主意。那个奇妙的企图甚至让我自己都吓了一跳。

【日】 ――それをそのままにしておいて私は、なに喰くわぬ顔をして外へ出る。――

【中】 ——我就把它留在那里,然后装作若无其事的样子走出去。——

【日】 私は変にくすぐったい気持がした。「出て行こうかなあ。そうだ出て行こう」そして私はすたすた出て行った。

【中】 我心里涌起一阵奇怪的发痒感。“出去吧。对,走吧。”于是我快步走了出去。

【日】 変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑ほほえませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。

【中】 那种奇怪的发痒感让走在街上的我禁不住微笑起来。那个在丸善的书架上安放了一颗闪耀着金黄色的可怕炸弹的奇怪歹徒就是我,如果十分钟后那个丸善以美术书架为中心发生大爆炸的话,那该多有趣啊。

【日】 私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉こっぱみじんだろう」

【中】 我兴致勃勃地追求着这个想象。“这样一来,那个让人喘不过气来的丸善也就粉身碎骨了吧。”

【日】 そして私は活動写真の看板画が奇体な趣きで街を彩いろどっている京極を下って行った。

【中】 然后,我顺着电影招牌画以奇特风情装点着街道的京极路走了下去。



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