斗南先生
中島敦 / 中岛敦
一
【日】 雲海蒼茫 佐渡ノ洲 郎ヲ思ウテ 一日三秋ノ愁 四十九里 風波悪シ 渡ラント欲スレド 妾ガ身自由ナラズ
【中】 云海苍茫 佐渡之洲 思郎愁如 一日三秋 四十九里 风波险恶 欲渡彼岸 妾身不由己
【日】 ははあ、来いとゆたとて行かりょか佐渡へだな、と思った。題を見ると、戯翻竹枝とある。
【中】 哈哈,他想,这意思大概就是“就算叫我去,我又怎么去得了佐渡呢”。看了一眼题目,上面写着“戏翻竹枝”。
【日】 それは彼の伯父の詩文集であった。伯父は一昨年(昭和五年)の夏死んだ。その遺稿が纏められて、この春、文求堂から上梓されたのである。清末の碩儒で、今は満洲国にいる羅振玉氏がその序文を書いている。その序にいう。
【中】 那是他伯父的诗文集。伯父在前年(昭和五年)夏天去世了。他的遗稿被整理起来,于今年春天由文求堂出版。清末硕儒、如今身在满洲国的罗振玉先生为其撰写了序文。序文中写道:
【日】 「予往歳滬江(上海のこと)ニ寓居ス。先後十年間、東邦ノ賢豪長者、道ニ滬上ニ出ヅルモノ、縞紵ノ歓ヲ聯ネザルハナシ。一日昧爽、櫛沐ニ方リ、打門ノ声甚ダ急ナルヲ聞キ、楼欄ニ憑ツテ之ヲ観ルニ、客アリ。清鶴ノ如シ。戸ニ当リテ立ツ。スミヤカニ倒シシテ之ヲ迎フ。既ニシテ門ニ入リ名刺ヲ出ダス。日本男子中島端ト書ス。懐中ノ楮墨ヲ探リテ予ト筆談ス。東亜ノ情勢ヲ指陳シテ、傾刻十余紙ヲ尽ス。予洒然トシテ之ヲ敬ス。行クニノゾンデ、継イデ見ンコトヲ約シ、ソノ館舎ヲ詢ヘバ、豊陽館ナリトイフ。翌日往イテ之ヲ訪ヘバ、則チ已ニ行ケリ矣。…………」
【中】 “予往岁寓居沪江(即上海)。先后十年间,东邦之贤豪长者,取道来沪者,无不结缟纻之欢。一日昧爽,方梳洗时,闻叩门声甚急,凭楼栏观之,有客,清如鹤,立于门前。急倒屣迎之。既入室,出名刺,书‘日本男子中岛端’。探怀中楮墨与予笔谈。指陈东亚情势,倾刻尽十余纸。予洒然敬之。临行,约继见,询其馆舍,曰丰阳馆。次日往访,则已行矣。……”
【日】 これはまた恐ろしく時代離れのした世界である。が、「日本男子云々」の名刺といい、「打門ノ声甚ダ急」といい、「清鶴ノ如シ」といい、「翌日訪ねると、もう何処かへ行ってしまっていた」といい、生前の伯父を知っている者には、如何にもその風貌を彷彿させる描写なのだ。三造はこれを読みながら、微笑せずにはいられなかった。
【中】 这真是一个与时代严重脱节的世界。但是,无论是“日本男子云云”的名片,还是“叩门声甚急”、“清瘦如鹤”,以及“次日去访,却已不知去向”,在认识生前伯父的人看来,这些描写实在生动地浮现出了他的风貌。三造一边读着,一边忍不住微笑起来。
【日】 彼は、この書物を、大学と高等学校の図書館へ納めに行くように、家人から頼まれていた。けれども、自分の伯父の著書を――それも全然無名の一漢詩客に過ぎなかった伯父の詩文集を、堂々と図書館へ持込むことについて、多分の恥ずかしさを覚えないわけに行かなかった。三造は躊躇を重ねて、容易に持って行かなかった。そして、毎日机の上でひろげては繰返して眺めていた。読んで行く中に、狷介にして善く罵り、人をゆるすことを知らなかった伯父の姿が鮮やかに浮かんで来るのである。羅振玉氏の序文にはまたいう。
【中】 家里人嘱托他,把这本书捐赠到大学和高中的图书馆去。可是,要把自己伯父的著作——而且是一个完全无名、仅仅是个汉诗客的伯父的诗文集——堂而皇之地送进图书馆,他不可能不感到几分羞耻。三造犹豫再三,迟迟没有送去。于是,他每天将其在书桌上翻开,反复观看。在阅读的过程中,那个孤傲耿介、动辄骂人、从不懂得宽恕他人的伯父的形象,鲜明地浮现在眼前。罗振玉的序文中又说:
【日】 「聞ク、君潔癖アリ。終身婦人ヲ近ヅケズ。遺命ニ、吾レ死スルノ後、速ヤカニ火化ヲ行ヒ骨灰ヲ太平洋ニ散ゼヨ。マサニ鬼雄トナツテ、異日兵ヲ以テ吾ガ国ニ臨ムモノアラバ、神風トナツテ之ヲ禦グベシト。家人謹シンデ、ソノ言ニ遵フ。…………」
【中】 “闻君有洁癖,终身不近妇人。遗命中说:我死之后,速行火化,将骨灰散入太平洋。我当化为鬼雄,他日若有以兵临我国者,当化作神风以御之。家人谨遵其言。……”
【日】 これは凡て事実であった。伯父の骨は、親戚の一人が汽船の上から、遺命通り、熊野灘に投じたのである。伯父は、そうして鯱か何かに成ってアメリカの軍艦を喰べてしまうつもりであったのである。
【中】 这全都是事实。伯父的骨灰,由一位亲戚在汽船上,按照遗命投入了熊野滩。伯父是打算以此化作逆戟鲸之类的东西,去把美国的军舰吃掉的。
【日】 他人に在っては気障や滑稽に見えるこのような事が、(このような遺言や、その他、数々の奇行奇言などが)あとで考えて見れば滑稽ではあっても、伯父と面接している場合には、極めて似付かわしくさえ見えるような、そのような老人で伯父はあった。それでも、高等学校の時分、三造には、この伯父のこうした時代離れのした厳格さが、甚だ気障な厭味なものに見えた。伯父が、自分の魂の底から、少しも己を欺くことなしに、それを正しいと信じてそのような言行をしているとは、到底彼には信じられなかったのである。其処に、彼と伯父との間に、どうにもならない溝があった。事実彼と伯父との間にはちょうど半世紀の年齢の隔たりがあった。死んだ時、伯父は七十二で、三造はその時二十二であった。
【中】 这些事(诸如这样的遗言,以及其他种种奇行怪语等)放在别人身上,或许显得做作可笑,事后想来虽也觉得滑稽,但在与伯父面对面时,却又让人觉得与他那样的老人极其相称。伯父就是这样一位老人。尽管如此,在高中时期,三造对伯父这种脱离时代的严苛,依然感到非常做作和厌恶。他无论如何也不相信,伯父是打心底里,毫无自欺地坚信其正确性而做出这些言行的。在这一点上,他和伯父之间有着一道无法逾越的鸿沟。事实上,他和伯父之间正好相差了半个世纪的年纪。去世的时候,伯父七十二岁,而三造那时二十二岁。
【日】 親戚の多くが、三造の気質を伯父に似ているといった。殊に年上の従姉の一人は、彼が年をとって伯父のようにならなければいいが、と、口癖のようにいっていた。その言葉が部分的には当っていることを、三造も認めないわけには行かなかった。そして、それだけ、彼には、伯父の落着のない性行が――それが自分に最も多く伝わっているらしい所の――苦々しく思われるのであった。
【中】 亲戚们多半都说三造的性情很像伯父。尤其是一位年长的表姐,总是把“希望他老了以后别变得像伯父那样才好”挂在嘴边。三造也不得不承认,这句话在某种程度上是说中了的。正因为如此,伯父那种缺乏沉稳的秉性——这似乎也是遗传给自己的最多的部分——让他感到十分苦恼。
【日】 その伯父のすぐ下の弟――つまり三造にとっては斉しく伯父であるが――の、極端に何も求むる所のない、落着いた学究的態度の方が、彼には遥かに好もしくうつった。その二番目の伯父は、そのようにして古代文字などを研究しながら、別にその研究の結果を世に問おうとするでもなく、東京の真中にいながら、髪を牛若丸のように結い、二尺近くも白髯を貯えて隠者のように暮していた。その「お髯の伯父」(甥たちはそう呼んでいた。)の物静かさに対して、上の伯父の狂躁性を帯びた峻厳が、彼には、大人げなく見えたのである。似ているといわれるたびに彼は、いつも、いやな思いをしていた。
【中】 伯父的二弟——对三造来说同样也是伯父——那种极度无欲无求、沉稳的学者态度,在他看来要讨人喜欢得多。那位二伯父研究着古代文字之类的东西,却并不打算将研究成果公之于世,他虽身处东京市中心,却把头发梳成牛若丸那样的发髻,蓄着近二尺长的白须,像隐士一般生活着。与那位“胡子伯父”(侄子们都这么叫他)的恬静相比,大伯父那种带着狂躁性的严厉,在三造看来显得很没有大人样。每次被人说长得像大伯父,他总会觉得反感。
【日】 伯父は幼時から非常な秀才であったという。六歳にして書を読み、十三歳にして漢詩漢文を能くしたというから儒学的な俊才であったには違いない。にもかかわらず、一生、何らのまとまった仕事もせず、志を得ないで、世を罵り人を罵りながら死んで行ったのである。前の遺稿の序文にもあったように、伯父は妻をめとらなかった。それが何に原因するものであるかを三造は知らない。伯父はまた常に、三造には無目的としか思えないような旅行を繰返していた。支那には長く渡っていた。それは伯父自身がいう如く、国事を憂えて、というよりも、単に、そのロマンティシズムにエグゾティシズムにそそられたためといった方がいいのではないかと、高等学校時代の三造は考えていた。
【中】 据说伯父自幼便是个非凡的才子。六岁读书,十三岁便精通汉诗汉文,无疑是个儒学奇才。尽管如此,他一生却没有做成过任何一件像样的事,郁郁不得志,在骂世骂人中死去了。正如前面遗稿序文中所说,伯父终身未娶。三造并不知道这是什么原因造成的。伯父还经常进行在三造看来毫无目的的旅行。他曾长期逗留中国。高中时代的三造认为,这与其说是像伯父自己说的那样为了“忧国忧民”,倒不如说是单纯被浪漫主义和异国情调所吸引罢了。
【日】 この彷浪者魂は彼の一生に絶えずつきまとっていたように見える。三造の知っているかぎり伯父は常に居をかえたり旅行したりしていたようであった。この彷徨を好む気質が自分にも甚だ多く伝わっていることを、三造は時々強く感じなければならなかった。ただ、伯父の生活の経済的方面は久しく彼の謎であった。伯父はかつて、『支那分割の運命』なる本を出したことがあった。が、そんな売れない本から印税がはいはずはなかった。大分後になって、(それは伯父の晩年になってからのことであるが、)伯父は経済的にはほとんど全部他人の――友人や弟たちや弟子たちの――援助を受けていることが分った時、三造は、まず、この点に向って、心の中で伯父を非難した。自分で一人前の生活もできないのに、徒らに人を罵るなぞは、あまり感心できないと、彼は考えたのである。
【中】 这种流浪者的灵魂似乎纠缠了他一生。在三造的记忆里,伯父似乎总是在搬家或旅行。三造时常强烈地感觉到,这种喜欢彷徨的性情也在很大程度上遗传给了自己。只是,伯父在生活经济方面长久以来对他来说是个谜。伯父曾出版过一本叫《瓜分中国的命运》的书。但那种滞销书是不可能有版税收入的。过了很久以后(那已是伯父晚年的事了),当三造得知伯父在经济上几乎完全依赖他人——朋友、弟弟们以及弟子们——的援助时,他首先在心里就这一点对伯父进行了非难。他认为,自己连独立生活都做不到,却还要徒然地痛骂别人,这种做法实在不能让人苟同。
【日】 あとから考えると、これらの非難は多く、自己に類似した精神の型に対する彼自身の反射的反撥から生れたもののようでもあった。とにかく、彼は、自分がそれに似ているといわれるこの伯父の精神的特徴の一つ一つに向って、一々意地の悪い批判の眼を向けようとしていた。それは確かに一種の自己嫌悪であった。高等学校時代の或る時期の彼の努力は、この伯父の精神と彼自身の精神とに共通するいくつかの厭うべき特質を克服することに注がれていた。
【中】 事后想来,这些非难,大多像是对他自身所具有的类似精神类型的一种反射性抗拒。总而言之,对于自己被说成和伯父相像的那些精神特征,他总是想逐一投以充满恶意的批判目光。这的确是一种自我厌恶。在高中时代的某段时期,他的努力都倾注在克服自身与伯父精神中共同存在的一些令人讨厌的特质上。
【日】 その彼の意図は不当ではなかったにもかかわらず、なお、当時の彼の、伯父に対する見方は、不充分でもあり、また、誤ってもいたようである。即ち、伯父の奇矯な言動は、それが青年の三造にとって滑稽であり、いやみであると同じ程度に、彼よりも半世紀前に生れた伯父自身にとっては、極めて自然であり、純粋なものであるということが、彼には全身的に理解できなかったのである。伯父は、いってみれば、昔風の漢学者気質と、狂熱的な国士気質との混淆した精神――東洋からも次第にその影を消して行こうとするこういう型の、彼の知る限りではその最も純粋な最後の人たちの一人なのであった。このことが、その頃の彼には、概念的にしか、つまり半分しか呑みこめなかったのである。
【中】 尽管他当时的意图并非不当,但当时他对伯父的看法,既不充分,似乎也有些谬误。也就是说,伯父那些怪诞的言行,对青年三造来说是滑稽和惹人厌的,但对早生了半个世纪的伯父本人来说,却又是极其自然和纯粹的,这一点三造无论如何也无法从根本上理解。可以说,伯父是一种将旧式汉学家气质与狂热国士气质混合在一起的精神体——这种类型的人正逐渐从东洋大地上消失,而在三造所知的人当中,伯父是最后也是最纯粹的这类人之一。对那时的三造来说,这一点仅仅停留在概念上,也就是只理解了一半。
二
【日】 その年の二月、高等学校の記念祭の頃、本郷の彼の下宿へ、伯父から葉書が来た。利根川べりの田舎からであった。当分ここにいるから、土曜から日曜へかけてでも、将棋を差しに来ないか。鶏位なら御馳走するから、というのである。それは、三造の高等学校を卒業する年で、ちょうどその少し前に、彼は、学校で蹴球(アソシエーション)をしていて、顔を蹴られ、顔中繃帯をして病院へ通っていたのであった。実際間の抜けた話ではあるが、上から落ちてくる球をヘッディングしようとして、ちょっと頭をさげた途端に、その同じ球を狙った足に、下から眼のあたりをしたたか蹴られたのである。
【中】 那一年的二月,高中纪念祭前后,伯父寄了一张明信片到三造在东京本乡的住处。是从利根川河畔的乡下寄来的。信上说,他暂时会待在那里,问三造能不能趁周六周日来下盘象棋,还说可以请他吃顿鸡肉。那正是三造高中毕业的一年,就在不久前,他在学校踢足球(Association Football)时,被人踢中了脸,正满脸缠着绷带往返于医院。说来实在是个愚蠢的意外,他本想头球顶下落的球,刚低下头,就被同样瞄准了那个球的脚从下面狠狠地踢到了眼睛附近。
【日】 眼鏡の硝子は微塵に砕けて、瞬間はっとつぶった彼の眼の裏には赤黒い渦のような影像がはげしく廻転した。やられた! と思って、動かすと目の中が切れるかもしれないとは考えながら、でも、ちょっと試す気で細目に瞼をあけようとすると、血がべったりと塞いでいて、少し動くとぽたりと地面に垂れた。それから二人の友人にかかえられてすぐに大学病院へ行った。硝子で眼のまわりが切れただけで、幸いに眼の中には破片ははいっていなかったので、傷痕を縫ってもらったあと二週間も通えばよかった。
【中】 眼镜玻璃碎成了齑粉,瞬间闭上眼睛的他,眼底有如暗红色的漩涡在剧烈旋转。“遭了!”他想着,心知一动眼球可能会被割破,但还是试探着想微微睁开眼皮,结果被鲜血黏糊糊地糊住了,稍一动弹,血滴就啪嗒落在了地上。随后,他在两个朋友的搀扶下立刻赶去了大学附属医院。万幸只有眼周被玻璃划破,碎片没有进入眼睛里,缝合伤口后,只需再通院两周即可。
【日】 しかし、そんな際だったので、ちょうどそれを良い口実にして、「怪我をしていて残念ながら行けない」旨を返事したのであった。彼は伯父を前にすると、自分の老いた時の姿を目の前にみせつけられるような気がして、伯父の仕草の一つ一つに嫌悪を感ずるばかりでなく、時々破裂する伯父の疳癪(その故に伯父はやかまの伯父と、甥や姪たちから呼ばれていた。)にも、慣れているとはいえ、多少恐れをなしていた。その上その将棋というのが、彼よりも一枚半も強いくせに、弱いものを相手にしていじめるのを楽しむといった風で、いつまでたっても止めようとはいい出さないのであるから、これにもいささか辟易せざるを得なかったのである。
【中】 然而,正因为是在这个节骨眼上,他正好以此为借口,回信说“很遗憾因为受了伤去不了”。每当面对伯父,他总觉得像是被迫目睹自己老去后的模样,不仅对伯父的一举一动感到厌恶,而且对伯父时不时爆发的脾气(因此侄子侄女们都叫他“啰嗦伯父”),即使已经习惯了,也还是多少有些犯怵。况且下象棋这回事,伯父明明比他高出一个半子,却偏爱找弱者开刀,享受欺凌的乐趣,而且下起来没完没了从来不说停,这实在让人不得不退避三舍。
【日】 彼のその返事に折り返して来た伯父の葉書には、災難はいつ降ってくるか分らず、人は常にそれに対して、何時遭遇しても動ぜぬだけの心構えを養って置くことが必要である、といった意味のことが認められていた。そしてそれきりで彼は一月あまり伯父のことを忘れていた。
【中】 对于他的回信,伯父寄回的明信片上写着:灾难何时降临是无法预料的,人必须随时培养出无论何时遭遇灾难都能不为所动的心态云云。此后大概有一个多月,他把伯父的事情抛到了脑后。
【日】 ところが三月の中頃近くなって、またひょっこり、乱暴に美しく書きなぐった伯父の葉書が舞いこんできた。近い中にお前の所へ行きたいが、都合は良いか、というのである。大学の入学試験が四、五日中にすむので、その後の方が都合がよいのですが、と彼は返事を書いた。ところが、それから三日ほどして、入学試験の中の日に、その日の試験をすまして、下宿で机に向っていると、襖をあける女中の声と共に、後から、古風な大きいバスケットを提げた伯父がはいって来た。これから山へ行くのだと伯父はいきなりいった。彼には一向話が分らなかった。恐らく、伯父はすでに事の次第を前もって彼に向けて手紙で知らせてあるという風に勘違いしていたに違いない。
【中】 然而到了三月中旬光景,伯父那笔迹粗犷而又漂亮得一塌糊涂的明信片又突然飞来了。信上说,近期想去你那里一趟,不知是否方便。三造回信说,大学入学考试在四五天内就结束了,考完之后比较方便。谁知,过了大约三天,正是入学考试的其中一天,他考完试回到住处坐在书桌前时,伴随着女佣拉开拉门的声音,提着一个老式大篮子的伯父从后面跟了进来。伯父一开口就说,接下来要去山里。三造听得一头雾水。大概是伯父误以为自己已经提前在信里把事情原委告诉他了。
【日】 よく聞くと相州の大山に籠るのだという。大山の神主某の所へ行って、しばらく病を養うのだという。伯父はその二、三年前から時々腸出血などをしていた。それを七十を越した伯父は、気力一つで医者にもかからずに持ちこたえていたのである。その出血が近頃ますます烈しいという。そんなに弱っている身体が、何かにつけて不自由な山などへ籠っては、ますます不可いけないことは明らかなのであるが、それを言うと、どんなに機嫌を悪くするか分らないようなその頃の伯父であったので、三造も黙っているより外はなかった。それに荷物はもう、先へ向けて送ってあるのだと伯父はいっていた。
【中】 细问之下,原来是要去相州的大山闭关。说是要去大山的某位神主家里,暂且休养治病。伯父从两三年前起就时常肠出血。年过七旬的伯父,硬是凭着一口气,连医生都不看就这么硬挺着。据说最近出血越来越厉害了。明明身体已经虚弱成这样,还要跑到干什么都不方便的山里去闭关,这显然是更不可取的。但如果是那时候的伯父,一旦说出这种话,不知他会发多大的脾气,所以三造除了保持沉默别无他法。而且伯父还说,行李已经提前寄过去了。
【日】 しばらく、そのことを話している中に、伯父は、三造の右の眼の縁に残っている傷痕をみつけて、やっと彼の怪我のことを思い出したらしく、その工合をたずねた。と、それに対する彼の答をろくに聞きもしないで、「これから床屋へ行って来る。今、道で見てきたから場所は分っている。」と言い出した。見るとなるほど、髯が――みんな白が黄に染まっているのだが――ひどく伸びている。頭髪はそれほど薄くはなく、殊に両耳の上のあたりはかなり長く伸びて乱れている。長寿の印しといわれる、長くぴんと突き出た眉の下に、大きい眼がくぼんでいる。
【中】 就这件事聊了一会儿,伯父发现了三造右眼圈上留下的伤疤,似乎这才想起了他受伤的事,询问起情况。然而,他都没怎么听三造的回答,就说:“我这就去一趟理发店。刚才在路上看到了,我知道在哪儿。”仔细一看,果然,他的胡须——原本白色的都已经染成了微黄——已经长得很长了。头发倒是不怎么稀疏,特别是两耳上方那一带,长得很长且凌乱。在被认为是长寿标志的、长长且向外突出的眉毛下方,凹陷着一双大眼睛。
【日】 三造はその眼を前から美しいと思っていた。この伯父と、それから、そのすぐ下の伯父――その牛若丸のような髪を結った隠者のようなお髯の伯父と、この二人の老人の眼は、それぞれに違った趣をもってはいるが、共に童貞にだけしか見られない浄らかさを持って、いつも美しく澄んでいるのである。一つは、いつも実現されない夢を見ている人間の眼で、それからもう一つは、すっかりおちつき切って自然の一部になってしまったような人間の眼である。この二人の伯父を並べて見るたびに、三造はバルザックの『従兄ポンス』を思い出す。もちろん、上の伯父はポンスよりも気性が烈しく、下の伯父はシュムケよりも更に東洋的な諦観をより多くもち合せているのではあるけれども。
【中】 三造从以前就觉得那双眼睛很美。这位大伯父,以及比他小一点的二伯父——那位梳着牛若丸发髻、宛如隐士般的长须伯父,这两位老人的眼睛虽然各有千秋,但都拥有那种只有在童贞之人身上才能见到的纯净,总是那么美丽清澈。一双是总是做着无法实现的梦想的人的眼睛,另一双则是彻底安详、仿佛已经成为自然一部分的人的眼睛。每当看到这两位伯父并排在一起,三造总会想起巴尔扎克的《邦斯舅舅》。当然,大伯父的性情比邦斯更刚烈,而二伯父也比施穆克拥有更多的东洋式的达观。
【日】 伯父はそそくさところがるようにして階段を下りて行った。ついて行くと、伯父はもう下宿の下駄をつっかけて出てしまったあとで、帳場で主婦かみさんと女中が笑っていた。
【中】 伯父急急忙忙、连滚带爬似的下了楼梯。跟过去一看,伯父已经趿拉着旅舍的木屐出去了,柜台前的老板娘和女佣正笑着。
【日】 一時間ほどして帰って来た伯父はすっかり綺麗になっていた。着物の前は合っていなかったけれども、袴はキチンと結ばれ、とおった鼻筋とはっきり見ひらかれた眼とは彼を上品な老人に見せている。顔の肌も洗われたばかりで、老人らしい汚点しみもなく黄色く光って見える。二人はまた火鉢の側に坐りこんで、しばらく話をした。彼らの親戚たちの噂話。その頃支那からやって来た天才的な少年棋士のこと。新聞将棋のこと。日本の漢詩人のこと。支那の政局のこと。
【中】 过了一个小时左右回来的伯父,已经变得干干净净了。虽然和服的前襟没有对齐,但袴却系得整整齐齐,挺拔的鼻梁和清澈睁开的双眼,让他看起来像个高雅的老人。脸上的皮肤也因为刚洗过,看不到老人常见的斑点,泛着黄色的光泽。两人又在火盆旁坐下,聊了一会儿。聊亲戚们的闲话。聊那时候从中国来的天才少年棋士。聊报纸上的象棋专栏。聊日本的汉诗人。聊中国的政局。
【日】 その中に何かの拍子で共産主義のことが出た時、伯父は、『資本論』の原本をその中に誰かに借りて来てくれ、と言い出した。また始まったなと彼は思った。このような実行力を伴わない東洋壮士的豪語がいつも彼を腹立たせるのである。なに、マルクスが正しい独乙語さえ書いていれば俺にだって分るさ、と、彼の顔色を見たのか、伯父はそんなことまで附け加えた。彼は伯父が早くこの話を切上げてくれるように、と念じながら、黙って火箸で灰に字を書いているより外はなかった。
【中】 聊着聊着,不知怎的扯到了共产主义,伯父开口说,过几天你找谁把《资本论》的原著借来给我看看。三造心想,又来了。这种不伴随实际行动的东洋壮士般的豪言壮语,总是惹他生气。也许是看到了他的脸色,伯父甚至还补充了一句:没什么大不了的,只要马克思写的是正确的德语,我也能看懂。三造只盼着伯父早点结束这个话题,除了默默地用火钳在灰里写字,别无他法。
【日】 その中に突然伯父は、急に気が付いたような様子で「傘を買って来てくれ。」と言う。降っているんですか、と聞きながら障子をあけて外を見ようとすると、今は降ってはいないけれども、とにかく要るものだからと伯父は言った。そうして蟇口から五十銭銀貨を一枚出して、何処かで、五十銭の蛇の目を見たから、そういうのを一本買って来てもらいたいといって、変な顔をしている三造にそれを渡すのであった。三造は女中を呼び、自分の財布から、そっと五十銭銀貨二枚を出して、それに附加え、買って来るように頼んだ。女中はすぐに表へ出て行ったが、やがて細目の紺の蛇の目を持って帰って来た。伯父はそれを、いきなり狭い四畳半で拡げて見て、なるほど、東京は近頃物が安いと言った。
【中】 过了一会儿,伯父突然像想起什么似的说:“去给我买把伞来。”“下雨了吗?”三造边问边拉开拉门往外看,伯父却说,虽然现在没下,但总之是用得着的东西。说着,他从蛤蟆口小钱包里掏出一枚五十钱的银币,说在某处看到过五十钱的蛇目伞,让他去买一把那样的回来,并把它递给了面露难色的三造。三造叫来女佣,从自己钱包里悄悄掏出两枚五十钱银币添在里面,拜托她去买。女佣立刻出门去了,不久就带回了一把骨架较细的藏青色蛇目伞。伯父在狭窄的四叠半房间里冷不防地将伞撑开,看了看说,果然,近来东京的东西真便宜。
【日】 間もなく伯父は、もう大山へ行くのだと言い出した。何時の汽車ですと、あやうく聞こうとした彼は、伯父が決して汽車の時間を調べない人間だったことを、ひょいと思い出した。伯父は、どんな大旅行をする時でも、時計など持ったことがないのである。
【中】 没过多久,伯父就嚷嚷着要出发去大山了。三造险些脱口问出“几点的火车”,突然想起伯父是个绝对不会去查火车时刻表的人。无论去多远的地方旅行,伯父从来不戴手表。
【日】 彼は東京駅まで送るつもりで、制服に着換え始めた。伯父はそれが待ちきれないで、例の大きなバスケットを提げて部屋の外へ出ると、急いで階段を下りて行った。と、先刻の蛇の目を忘れたことに気がついたらしく、階下から「三造さん。傘! 傘!」と大きな声がした。彼は面喰った。いまだかつて伯父は彼の事を「さん」づけにして呼んだことはなかったはずである。いつも三造、三造の呼棄てであった。彼は、その伯父の呼方の変化に、伯父の気力の衰えを見たというよりは、何かしら伯父の精神状態が異常になっているのではないかというような不安が感じられて、ギョッとしながら、傘をもって階段を下りて行った。
【中】 三造打算送他到东京站,便开始换制服。伯父却等不及,提着那只大篮子走出房间,急匆匆地下了楼。紧接着,他似乎发现忘了刚才买的蛇目伞,从楼下大声喊道:“三造先生。伞!伞!”三造吃了一惊。在此之前,伯父从来没有用“先生”(さん)来称呼过他。向来都是直呼“三造、三造”的。他对伯父称呼的变化,与其说是看到了伯父精力的衰退,不如说是感觉到了一丝伯父精神状态是否出现了异常的不安,他一边心惊肉跳,一边拿着伞下了楼。
【日】 表へ出ると伯父は円タクを呼んだ。どうせ文求堂に置いてある荷物も持って行くのだからと伯父は言いわけのような調子で言った。支那風の扉をつけた文求堂の裏口で車を停めると、中から店の人が、がんじがらめにした行李を一つ車の中へ運んでくれた。
【中】 走到门外,伯父叫了一辆一元出租车。伯父用类似辩解的语气说,反正还得带上放在文求堂的行李。车在装着中国式大门的文求堂后门停下,店里的人帮忙把一个绑得结结实实的行李箱搬进了车里。
【日】 車が東京駅に近づいた頃、伯父は彼に向って何か早口で言った。――伯父は非常に聴き取りにくい早弁で、おまけに、それを聞き返されるのが大嫌いであった。――その時も三造は、伯父の言ったことがよくわからなかったので聞えないという風をして伯父の顔を見返した。伯父はいらだたしそうに、今度は、右手は人差指一本、左手は人差指と中指をそろえて、あげて見せた。この禅問答のような仕草は、三造にはますます何のことやら分らなかったけれど、とにかく無意味にうなずいて見せた。伯父はやっと気がすんだような顔をして硝子窓の外に眼を外らせた。
【中】 当车子快到东京站时,伯父冲着他语速飞快地说了些什么。——伯父说话极快,很难听清,而且,他最讨厌别人反问。——当时三造也没听清伯父说了什么,便装作没听见的样子,回看伯父的脸。伯父显得有些焦躁,这一次,他伸出右手的食指,左手则并拢食指和中指,举起来给他看。这种如同参禅般的动作,三造越发不明白是什么意思了,但总之还是毫无意义地点了点头。伯父这才露出满意的神色,将目光转向了玻璃窗外。
【日】 駅について助手に荷物を運ばせている時、ふと三造は、伯父が運転手に何も聞かずに一円二十銭――たしかに、それは一円二十銭――払っているのを見た。三造は驚いた。(昭和五年当時、円タクは市内五十銭に決っていたものだ。)やっと、さっきの指の意味が分った。右の一本は一円――円タクというからには一円にきまっていると伯父は考えたのだ――で、左の二本は二十銭だったのである。彼も今更とめるわけにも行かず微笑ながら伯父の動作を眺めていた。三造などに聞かなくとも、この大都会の交通機関の習慣位は、ちゃんと心得ているぞと言った風な、いかにも満足げに見える伯父の顔つきを。恐らく、伯父は、割増一人ごとに二十銭と書いてあるのを何処かで見たのでもあろうか。
【中】 到了车站,让助手搬行李的时候,三造无意中看到,伯父什么也没问司机,就付了一元二十钱——确实是一元二十钱。三造大吃一惊。(在昭和五年那会儿,一元出租车市内规定是五十钱。)他终于明白了刚才那几个手指的意思。右手的一根指头是一元——既然叫“一元出租车”,伯父便理所当然地认为是一元——而左手的两根指头是二十钱。事到如今,他也无法阻拦,只能微笑着看伯父的动作。伯父脸上的神情显得颇为得意,仿佛在说:就算不问你三造,这大都市交通工具的规矩,我也是门儿清的。大概是伯父在哪里看到过“每增加一人加收二十钱”的字样吧。
【日】 それから一月ほどたって、大山から手紙が来た。身体の工合がますますよくないこと、一日に何回も腸出血があると言うことなどが認められていた。が、「瀕死」とか「死期が近づいた」とか言う字句が彼に何か実感の伴わないものを感じさせると同時に、かえってそういうことを言う伯父の病態に楽観的な気持を抱かせたし、また、宿のものの待遇の悪さをしきりに罵っているその手紙の口調からしても、伯父の元気の衰えてはいないらしいことが察せられたので、彼はその報知を大して気にもかけなかったのである。
【中】 过了一个月左右,从大山寄来了信。信中提到身体状况越来越糟,一天内有数次肠出血等等。但是,诸如“濒死”或者“死期将近”这样的字眼,反而让他觉得有些不真实,同时甚至让他对伯父的病情产生了一丝乐观的心态,而且,从信中不断痛骂旅舍招待不周的语气来看,似乎也能察觉到伯父的精力并未衰退,因此他并没有把这个消息太当回事。
【日】 ところが更にそれから半月ほどして、今度は葉書で、簡単に、山では病が養えないから大阪へ――大阪には彼の従姉が(伯父からいえば姪だが)いた――行きたいのだが、今では身体がほとんど利かないから、大阪まで送ってもらいたい、老人の最後の頼みだと思って、是非すぐに大山に迎えに来てほしい、と書かれたのを受取った時、彼は全く当惑した。一体、そのような病人を大阪まで運んでいいものかどうか。それに、どうしてまあ、伯父は大阪へなど行く気になったものか。
【中】 然而又过了半个月左右,这次收到的是一张明信片,上面简单地写着:山里无法养病,想去大阪——三造的表姐(对伯父来说是侄女)在大阪——但现在身体几乎动弹不得,希望你能送我到大阪,就当是老人最后的嘱托,务必马上来大山接我。收到这封信时,三造完全不知所措。到底能不能把这样一位重病人运到大阪去?而且,伯父到底为什么会想要去大阪呢?
【日】 なるほどその大阪の従姉は子供の時から伯父には色々と世話になったのであるし、また従姉自身、人の面倒を見るのが好きな性質ではあるが、何といってもそれは、従姉の夫の家ではないか。おまけに、その姪の夫を伯父は常々、馬鹿だ(ということは、つまりこの場合漢学の素養がないと言うことになるのであるが)云い云いしていたのである。その男の所へ行こうなどと言い出す。これは少し変だぞと三造は考えた。前の手紙には驚かなかった彼も、この伯父の大阪行の決心の中に、伯父の病気の重態さの動かすことのできない証拠を見たように思って、少からずあわてたのである。
【中】 诚然,大阪的那位表姐从小就受过伯父不少照顾,而且表姐本人也是喜欢照顾人的性格,但不管怎么说,那毕竟是表姐丈夫的家啊。更何况,伯父平时总是骂那个侄女婿是笨蛋(也就是说,在这种情况下是指他没有汉学素养)。现在居然说要去那个男人的家。三造觉得这有些反常。前面那封信没让他吃惊,但从伯父这次去大阪的决定中,他仿佛看到了伯父病情极其严重的铁证,不免有些慌了神。
【日】 が、それにしても、とにかく大阪まで行かせることは何としてもいけないと思った。病気を養うのならば、何も大阪まで行かなくとも、自分の弟が――三造にとってはやはりこれも伯父だが――洗足にいるのである。三造はすぐにその葉書をもって洗足へ出かけた。洗足の伯父も彼と同意見であった。自分の家へ来るように勧めるために、その伯父は翌朝大山へ行った。が、午後になって手を空しゅうして帰って来た。どうしても(理窟なしに)大阪へ行くと言ってきかないのだそうである。もう、ああ言い出しては仕方がないから、と言って、洗足の伯父は彼に大阪行の旅費を与えた。
【中】 不过,话虽如此,无论如何也不能让他去大阪。要说养病,根本不用去大阪,自己的弟弟——对三造来说也是伯父——就在东京洗足嘛。三造立刻拿着那张明信片去了洗足。洗足的伯父也与他意见一致。为了劝他来自己家,那位伯父第二天早晨去了大山。但是,到了下午却空手而归。据说大伯父无论如何(毫无道理可讲地)非要去大阪不可。洗足的伯父说:“既然他话都说到这份上了,那也没办法了。”便给了三造去大阪的旅费。
【日】 翌日、三造は小田急で大山へ行った。その神主の家はすぐ分った。通されて二階に上ると、伯父は座敷の真中の蒲団の上に起きて、古ぼけた脇息に凭れて坐っていた。伯父は三造を見ると非常に――滅多に見せたことのないほどの――嬉しそうな顔をした。それが何だか三造を不安にした。荷物はすっかりととのえられていた。
【中】 第二天,三造乘小田急线去了大山。那家神主的房子很快就找到了。被让进门上到二楼后,只见伯父在房间正中央的铺盖上起身,靠在陈旧的隐囊上坐着。伯父一看到三造,露出了非常——几乎是从未见过那般——高兴的表情。这反而让三造感到有些不安。行李已经全部整理妥当了。
【日】 立つ際になって、封筒に入れて置いた紙幣が一枚、その封筒ごと失なくなったといい出した。伯父のなくしものはいつものことである。その時もすぐに、その封筒が部屋のすみの新聞紙の下から出て来た。が、それは半分破れて取れていて、中には、これもやはり破れた十円紙幣が半分だけはいっていた。伯父が反故とまちがえて自分で破って捨てたものであることは明らかであった。他の半分は、だが、探しても探しても出て来なかった。伯父は捜索を断念しようとしたけれども、それを聞いて一緒に探しはじめたその神主の家人たちが承知しなかった。探し出して、くっつければ、結構使えるのだからと、そのお内儀さんはそう言って、家の裏のごみ捨場や、その側の竹藪まで、子供たちを探しにやった。
【中】 临走时,伯父忽然说放在信封里的一张纸币连同信封一起不见了。伯父丢东西是家常便饭。当时也是立刻就在房间角落的报纸下面找到了那个信封。但是,信封已经被撕去了一半,里面只有同样被撕破的半张十元纸币。很明显,是伯父错把它当成废纸自己撕掉扔了的。然而另外一半,找了又找也没找出来。伯父想放弃寻找,但神主家里的人听说了跟着一起找,却不肯作罢。那位老板娘说,找出来粘上的话还能用呢,便打发孩子们去屋后的垃圾堆,甚至是旁边的竹林里去找。
【日】 「見つかるもんか。馬鹿な。」と伯父は、露骨に不快な顔をして、まるで他人事のように、彼らの騒ぎ方を罵るのであった。自分自身の失策に対する腹立たしさと、更に、その失策を誇張するかのような仰々しい彼らの騒ぎぶりと、また、自分の金銭に対する恬淡さを彼らが全然理解していないことに対する憤懣とで、すっかり機嫌を悪くしたまま、伯父はその家を出た。麓までは、三造にも初めての山駕籠であった。あまり強そうにも見えない三十前後の男が前後に一人ずつ、杖をもって時々肩を換えながら、石段路を歩きにくそうに下って行った。三造はそのあとについて歩いた。下り切ってしまうと今度は人力車に乗った。松田の駅に着いた時はもう夕方になっていた。
【中】 “怎么可能找得到。蠢货。”伯父毫不掩饰地露出了不悦的表情,仿佛事不关己般痛骂他们的大惊小怪。由于对自己失误的恼火,加上他们那种仿佛在夸大他失误般夸张的骚动,以及对他们完全不理解自己对金钱淡泊态度的愤懑,伯父心情极度恶劣地离开了那家。下到山脚这段路,三造也是头一次坐山轿。看起来也不怎么强壮的两个三十岁上下的男人一前一后,拄着拐杖,不时换着肩膀,步履维艰地走下石阶。三造跟在后面走着。下完山后,又换乘了人力车。到达松田站时,已经是傍晚了。
【日】 松田駅の待合室で次の下りを待合せている間、伯父は色々解らないことを言出して三造を弱らせた。その時伯父は珍しく旅行案内を持っていて、(宿の神主が気を利かせて荷物の中に入れておいたものであろう)それで時間を繰りながら、「今、立てば大阪は明日の十時になる」といった。ところが三造が見ると、どうしても七時になっている。そういうと伯父はひどく腹を立てて、よく見ろといった。いくら見ても同じであった。伯父が線を間違えて見ていたのである。三造も少し不愉快になってきたので、赤鉛筆でハッキリ線をひいて伯父の見間違いを説明した。すると伯父は返事をしないで、子供のようにむっとしたまま横を向いてしまった。
【中】 在松田站的候车室等下一班下行火车期间,伯父又说出各种莫名其妙的话,让三造头疼不已。当时伯父难得地拿了一本旅行指南(大概是旅舍的神主很识趣地放进他行李里的),一边查着时间,一边说:“现在出发的话,到大阪就是明天十点了。”然而三造一看,怎么看都是七点。他一说,伯父就大发雷霆,让他好好看。可怎么看都是一样。是伯父看错行了。三造也有些不痛快了,便用红铅笔清清楚楚地画了一条线,指出伯父看错了。伯父听了也不回话,像个孩子似的闷闷不乐地把头扭到了一边。
【日】 それからしばらくして、今度は、夏蜜柑を買って来いと言い出した。三造の買ってきた夏蜜柑はうまくなかった。「夏蜜柑の択び方も知らん」と言ってまじめになって小言をいいながら、それでも伯父はムシャムシャ喰べた。そして三造にも勧めた。砂糖がなくてはと酸いものの嫌いな三造が言うと「そんな贅沢なことでどうする。今の若いものは」と再び小言が始まった。ふだんは、こんな事を言い出してはますます若い者に嗤われることを知って、自ら抑えるようにしているのだが、病気のためにそんな顧慮も忘れてしまったらしい。三造も腹が立ち、ハッキリと苦い顔を見せて、いつまでも夏蜜柑の黄色く白っぽい房を、喰べずに掌に載せたまま、強情に押黙っていた。
【中】 过了一会儿,这次又嚷着要去买夏威夷柑。三造买来的夏威夷柑不好吃。伯父一本正经地抱怨着“连怎么挑夏威夷柑都不懂”,却还是大口大口地吃了起来。还劝三造也吃。讨厌酸味的三造说没有糖吃不下,伯父又开始唠叨了:“这么娇气怎么行,现在的年轻人啊。”平时,伯父也知道说这种话只会更让年轻人耻笑,所以总是尽量克制,但似乎因为生病,连这种顾虑都忘到脑后了。三造也生了气,毫不掩饰地沉下脸,一直把那瓣泛白发黄的橘子放在手心里不吃,倔强地沉默着。
【日】 しかし、いよいよ切符を切り構内に入って露天のプラットフォオムのベンチに、トランクにもたれ、毛布をしいて、ほっと腰を下した伯父を見た時、――沈んで間もない初夏の空は妙に白々とした明るさであった、――三造は、はっきりと、伯父の死の近づいたことを感じさせられた。円い形の良い頭蓋骨が黄色い薄い皮膚の下にはっきり想像され、凹んだ眼は静かに閉じ、顴骨から下がぐっと落ちこんで、先端の黄色くなった白髯が大分伸びている。
【中】 可是,当终于检了票进入站内,看到在露天站台的长椅上,垫着毛毯,靠着皮箱,长舒一口气坐下的伯父时——太阳刚落不久的初夏天空,有着一种奇异的苍白亮度——三造清晰地感觉到,伯父的死期将近了。隔着发黄变薄的皮肤,可以清晰地想象出那形状姣好圆润的头骨,凹陷的双眼静静地闭着,颧骨往下深陷,尖端发黄的白胡须长得很长。
【日】 そして右手はキチンと袴の膝の上に、左手は胸からふところへ差し込んだまま、眠ったように腰掛けている伯父の姿のどこかに、静かな暗い気がまといついているような気がするのであった。しかし、その死の予感は、三造をうろたえさせもしなければ、また伯父に対する最後の愛着を感じさせもしなかった。妙におちついた澄んだ気持で、彼は、ほの白い薄明の中に浮び上った伯父の顔を、――その顔に漂っている、追いやることのできない不思議な静かな影を――見詰めるのであった。その影に抵抗することは、とてもできない。それは、どうすることもできない定まったことなのだ、と、そういう風な圧迫されるような気持を何とはなしに感じながら。
【中】 伯父的右手端端正正地放在袴裙的膝盖上,左手则从胸前插进怀里,就这么如睡着般坐着,他的身上某处,仿佛缠绕着一种死寂而阴暗的气息。然而,这种死亡的预感,既没有让三造慌乱,也没有让他对伯父产生最后的依恋。他怀着一种奇妙的、平静而清澈的心情,注视着在微白曙光中浮现出的伯父的脸庞——注视着那脸上飘浮着的、无法驱散的不可思议的宁静阴影。想要抵抗那阴影是绝对不可能的。他莫名地感到一种压迫感,仿佛那是一件无可奈何、命中注定的事情。
【日】 汽車の中は、場所はゆっくり取れたけれども、あいにくそれが手洗所の近くであった。伯父は、それをひどく気にして、他の乗客がその扉をあけっぱなしにすると言っては、遠慮なく罵った。三造は毛布を敷き、空気枕をふくらして、伯父の寝やすいようにしつらえた。伯父は窓硝子の方に背をもたせ、枕をあてがって、足を伸ばし、眼をつぶった。茶っぽい光の列車の電燈の下では、伯父の顔にももう先刻の妙な「気」はすっかり払い落されてしまっていた。
【中】 在火车上,座位倒是很宽敞,但不巧的是靠近洗手间。伯父对这一点非常在意,每次其他乘客不关门,他都毫不留情地大骂。三造铺好毛毯,吹鼓充气枕头,让伯父能睡得舒服些。伯父背靠着车窗玻璃,垫上枕头,伸直双腿,闭上了眼睛。在列车茶色灯光的照射下,伯父脸上刚才那种奇妙的“死气”已经消失得无影无踪了。
【日】 ただ、そのやせた顔の皺のより工合や、また時々のひきつるような筋の動きで、その浅い睡りの中でも伯父が苦痛をこらえていることが分り、それが向いあっている三造に落ちつかない気持を与えた。伯父の苦しそうな寐顔を見ながら、しかし、彼は、かえって、この伯父のかつての滑稽な非常識な失策などを思い出していた。伯父が銭湯へ行ったところ、女湯とあるのを読み、そこには男湯はないものと思って、帰って来た話。また、三造の妹に、駄菓子屋へ行って、キャラメルを五円買って与えた話。そんなことを彼はゴトゴト揺られながら思い出していた。
【中】 只是,从他瘦削脸上的皱纹,以及不时抽搐的肌肉动作中,可以看出即便在浅睡中,伯父也在忍受着痛苦,这让坐在对面的三造感到心神不宁。看着伯父痛苦的睡颜,他却反倒想起了这位伯父过去那些滑稽而缺乏常识的糗事。比如伯父去澡堂,看到上面写着“女汤”,便以为那里没有男汤,结果就直接回去了的事。还有,他跑去粗点心店,花五日元给三造的妹妹买了焦糖糖果的事。伴随着火车的哐当声,他回忆着这些往事。
【日】 その三造の妹は二年前に四歳で死んだ。それを大変悲しんだ伯父はその時こんな詩を作った。
【中】 三造的那个妹妹两年前去世了,年仅四岁。非常悲痛的伯父当时写了这样一首诗:
【日】 毎我出門挽吾衣 翁々此去復何時 今日睦児出門去 千年万年終不帰
【中】 每次我出门,她都牵着我的衣襟; 老翁此去,不知何时再回。 今日睦儿出门去, 千秋万载终不归。
【日】 睦子とはその妹の名である。三造には漢詩の巧拙は分らなかった。従って伯父の詩で記憶しているのもほとんどないのであるが、今、次のようなのがあったのを、ひょっと思い出した。その冗談めいた自嘲の調子が彼の注意を惹いたものであろうか。
【中】 睦子是那个妹妹的名字。三造不懂汉诗的好坏。因此,他几乎不记得伯父的诗,但现在,他突然想起有过这么一首。大概是那玩笑般的自嘲语调引起了他的注意吧。
【日】 悪詩悪筆 自欺欺人 億千万劫 不免蛇身
【中】 恶诗恶笔,自欺欺人, 亿千万劫,不免蛇身。
【日】 口の中で、しばらくこれを繰返しながら、三造は自然に不快な寒けを感じてきた。何故か知らぬが、詩の全体の意味からはまるで遊離した「不免蛇身」という言葉だけが、三造を妙におびやかしたのである。彼自身も、この伯父のように、一生何ら為すなく、自嘲の中に終らねばならぬかも知れぬというような予感からではなかった。それはもっと会体のしれない、気味の悪い不快さであった。眼をつぶったまま揺られつづけている伯父を、暗い車燈の下に眺めながら、彼は「この世界で冗談にいったことも別の世界では決して冗談ではなくなるのだ」という気がした。(そのくせ、彼はふだん決して他の世界の存在など信じてはいないのだが)すると、伯父の詩の蛇身という言葉が、蛇身という文字がそのまま生きてきて、グニャグニャと身をくねらせて車室の空気の中を匍まわっているような気持さえしてくるのであった。
【中】 在嘴里默念了几遍后,三造自然而然地感到了一丝不快的寒意。不知为何,只有“不免蛇身”这个完全游离于全诗意义之外的词,莫名地威胁着三造。这并非因为他预感到自己也许会像这位伯父一样,一生碌碌无为,最终在自嘲中度过。那是一种更难以名状的、令人毛骨悚然的恶心感。在昏暗的车灯下,望着闭着眼在摇晃中沉睡的伯父,他产生了一种感觉:“在这个世界被当成玩笑说出的话,在另一个世界却绝对不再是玩笑。”(尽管他平时根本不相信还有什么另一个世界存在)接着,伯父诗中的“蛇身”一词,“蛇身”这两个字仿佛活了过来,软绵绵地扭动着身躯,在车厢内的空气中来回爬行。
【日】 翌朝、大阪駅から乗ったタクシイの中で――従姉の家は八尾にあった――三造はそっと自分の蟇口をのぞいて見た。前日の夕方、松田駅で、切符を買うとき「ちょっと、今、一緒に出して置いてくれ」と伯父に言われて、立替えて置いた金のことを、伯父はもうすっかり忘れてしまったと見えて、いまだに何ともいい出さないのである。車に揺られて、ゴミゴミした大阪の街中を通りながら、またこの車賃も払わせられるのかと、彼は観念していた。そうなると洗足の伯父から貰ってきた金では、帰りの汽車賃があぶなくなるのである。
【中】 第二天早晨,从大阪站搭乘的出租车里——表姐家在八尾——三造悄悄地瞥了一眼自己的小钱包。前一天傍晚在松田站买票时,伯父让他“顺便先一起付了吧”,这笔垫付的钱,伯父似乎已经忘得一干二净,到现在连提都没提。在颠簸的车里,穿过脏乱的大阪街头,他已经做好了这趟车费又要自己掏腰包的思想准备。这样一来,洗足伯父给的钱,恐怕就不够他回程的车票了。
【日】 どうせ従姉に借りれば済むことではあるが、とにかく近頃の伯父の忘れっぽさには呆れない訳には行かなかった。それに、冗談にも催促がましいことでも口にしようものなら大変なのだから、全く、ひどい目に逢うものだと三造は思った。車が次第に郊外らしいあたりにはいって行った時、しかし、伯父は、突然自分の財布を出して五円紙幣を一枚抜き出した。明らかに、今度は自分で払うつもりに違いない。三造は、ちょっと助かったような気がしたけれど、それにしても財布まで出しながら、まだ、昨夕の汽車賃のことを思い出さないのは変だと思った。
【中】 虽说找表姐借总能应付过去,但伯父最近这健忘的毛病实在令人无语。而且,哪怕是开玩笑般地稍微催一催,伯父也会大发雷霆,三造觉得自己真是倒了大霉。然而,当车子渐渐驶入有些郊外景致的地方时,伯父突然拿出自己的钱包,抽出一张五元纸币。很明显,这次他打算自己付钱了。三造觉得总算得救了,但转念一想,连钱包都拿出来了,居然还没想起昨天傍晚的车票钱,真是太奇怪了。
【日】 車はやがて八尾の町にはいって、しばらくすると、伯父は、そこで車を停めさせて、どうも此処らしいから下りて見るといった。三造は初めてであるし、伯父もまだ二度目なのではっきり分らないのである。三造を車内に残して、ひとり下りた伯父は、紙幣を一枚、右の人差指と中指の間にはさんだまま、あまり確かでない足どりで、往来から十間ほどひっこんだ路次にはいって行った。そして、突当りの格子戸の上の標札を読むと、病人のわりにかなり大きな声で「ああ、ここだ。ここだ」といって、彼の方を向いて手招きをした。それからそのまま――紙幣を指の間にはさんだまま――格子をあけて、すうっとはいってしまったのである。どうにも仕方がなかった。三造は苦笑しながら、またしても四円なにがしのタクシイ代を払った。
【中】 车子不久便驶入了八尾的街区,过了一会儿,伯父让车停下,说好像就是这儿,要下车看看。三造是第一次来,伯父也才来过第二次,所以也不太清楚。把三造留在车里,独自下车的伯父,右手食指和中指间夹着一张纸币,迈着不太稳健的步伐,走进了偏离街道大约十间的巷子里。然后,他看了看尽头格子门上的门牌,用一种完全不像是病人的大嗓门喊道:“啊,就是这儿,就是这儿。”并转过身朝三造招手。接着他就那么——手指间还夹着纸币——拉开格子门,一溜烟地进去了。三造无奈地苦笑着,又替他垫付了四块多的出租车费。
【日】 伯父を送りとどけると、三造はほっと荷を下した気になって、すぐに、ひとりで京都へ遊びに出かけた。京都には、この春、京都大学にはいった高等学校の友人がいた。二日ほど、その友人の下宿に泊って遊んでから、八尾の従姉の家に帰ると、玄関へ出て来た従姉が小声で彼に告げた。三ちゃんが黙って遊びに行ってしまったって大変御機嫌が悪いから、早く行って大人しくあやまっていらっしゃいと言うのである。昨日は大変元気で鯛の刺身を一人で三人前も喰べたのはいいが、そのおかげで昨夕は何度も嘔吐や腸出血らしいのがあったのだとも言った。何しろ医者を寄付けようとしないので従姉も困っているらしかった。
【中】 把伯父送到后,三造如释重负,立刻一个人跑去京都玩了。他在高中的一个朋友今年春天考入了京都大学。他在朋友的住处住了两天,玩了一圈回到八尾表姐家时,迎到玄关的表姐小声告诉他:“小三不声不响就跑出去玩了,他心情非常差,你快去老老实实道个歉。”表姐还说,他昨天精神很好,一个人吃了三人份的鲷鱼刺身倒还好,可拜其所赐,昨天傍晚好像吐了好几次,还伴有肠出血。总之他就是不肯看医生,表姐似乎也很伤脑筋。
【日】 二階へ上って行くと、果して、伯父は大きな枕の中から顔を此方へ向け、黙ってじろりと彼を睨んだ。それから突然、掃除をしろと言い出した。彼が、座敷の隅にかかっていた座敷箒を取ろうとすると、まず、自分の寝ている床とこの上から掃かなけりゃいけないと言う。小さな棕櫚の手箒で蒲団の上を、それから座敷箒で、その部屋と隣の部屋まで、とうとう三造はすっかり二階中掃除させられてしまった。それが終ると、大分伯父も気が済んだようであったが、それでも、まだ「お前は病人を送るために来たのだか、自分の遊びのために来たのだか分らない」などと言った。その晩、三造は早々に東京へ帰った。
【中】 上到二楼,果然,伯父从大枕头里把脸转向这边,一言不发地狠狠瞪了他一眼。然后突然嚷着要他打扫卫生。三造刚想去拿挂在房间角落的座敷扫帚,伯父就说必须先从他睡的壁龛上面扫起。用小小的棕榈手扫帚扫过铺盖,接着又用座敷扫帚扫了那个房间和隔壁的房间,三造竟然被迫把整个二楼都打扫了一遍。干完这些,伯父的气似乎消了大半,但还是嘟囔着:“真搞不懂你到底是来送病人的,还是自己来玩的。”那天晚上,三造便匆匆回了东京。
三
【日】 二週間ほどして、伯父は八尾の姪の夫に送られて東京へ帰って来た。何のために大阪へ行ったのか、訳が分らない位であった。恐らく伯父も既に死を覚ったのであろう。そうして同じ死ぬならば、やはり自分の生れた東京で死にたかったのであろう。三造が電話でしらせを受取ってすぐに高樹町の赤十字病院に行った時、伯父はひどく彼を待兼ねていた様子であった。一生竟に家庭を持たなかった伯父は、数ある姪や甥たちの中でも特に三造を愛していたように見えた。殊に、彼の学校の成績の比較的良い点に信頼していたようであった。
【中】 过了两个星期左右,伯父在八尾侄女婿的护送下回到了东京。简直让人摸不着头脑他到底是去大阪干嘛的。恐怕伯父已经觉悟到死期将至了吧。心想既然要死,总还是想死在自己出生的东京。三造接到电话通知,立刻赶往高树町的红十字医院时,伯父似乎已等他很久了。一生都没有组建家庭的伯父,在众多侄子侄女中似乎格外偏爱三造。特别是对他在学校成绩较好这一点,似乎颇为信赖。
【日】 三造がまだ中学の二年生だった時分、同じく二年生だった彼の従兄の圭吉と二人で、伯父の前で、将来自分たちの進む学校について話し合ったことがあった。その時、二人とも中学の四年から高等学校へ進む予定で、そのことを話していると、それを聞いていた伯父が横から、「三造は四年からはいれるだろうが、圭吉なんか、とても駄目さ」と言った。三造は、子供心にも、思い遣りのない伯父の軽率を、許しがたいものに思い、まるで自分が圭吉を辱しめでもしたかのような「すまなさ」と「恥ずかしさ」とを感じ、しばしは、顔を上げられない位であった。それから二年余りも経って、駄目だと言われた圭吉も、三造と共に四年から高等学校にはいった時、三造は、まだ、かつての伯父の無礼を執念深く覚えていて、それに対する自分の復讐が出来たような嬉しさを感じたのであった。
【中】 三造还在上初中二年级的时候,曾和同样上初二的堂哥圭吉一起,在伯父面前谈论过将来要报考的学校。当时两人都打算从初中四年级直接考入高中,正说着,在一旁听着的伯父插嘴道:“三造应该能从四年级考进去,圭吉嘛,肯定是没戏的。”即便还是个孩子,三造也觉得伯父这种毫不顾及他人感受的轻率不可原谅,他感到一种仿佛是自己羞辱了圭吉般的“歉意”和“羞耻”,甚至好一阵子都抬不起头来。过了两年多,被说“没戏”的圭吉和三造一起,在四年级时考入了高中,那时三造依然对伯父曾经的无礼耿耿于怀,甚至感到一种完成了复仇般的喜悦。
【日】 赤十字病院の病室には、洗足の伯父と渋谷の伯父(これは、例のお髯の伯父と洗足の伯父の間の伯父であった。その頃遠く大連にいた三造の父は、十人兄弟の七番目であった。)とが来ていた。もちろん、附添や看護婦もいた。三造がはいって行くと、伯父は寝顔を此方へ向けて、真先に、ちょうどその頃神宮外苑で行われていた極東オリンピックのことを彼に訊ねた。そして、陸上競技で支那が依然無得点であることを彼の口から確かめると、我が意を得たというような調子で、「こういうような事でも、やはり支那人は徹底的に懲らして置く必要がある」と呟いた。それから、その日の新聞の支那時局に関する所を三造に読ませて、じっと聞いていた。伯父は、人間の好悪が甚だしく、気に入らない者には新聞も読ませないのである。
【中】 红十字医院的病房里,洗足的伯父和涩谷的伯父(这位是介于那位胡子伯父和洗足伯父之间的伯父。当时远在大连的三造的父亲,是十个兄弟中的老七。)都来了。当然也有陪护和护士。三造一走进去,伯父便把脸转向他,头一句话就问起了当时正在神宫外苑举行的远东运动会的情况。当从三造口中确认中国在田径项目上依然一分未得时,他用一种深得我心的语气嘟囔道:“就算是在这种事上,也必须给中国人一个彻底的教训。”然后,他让三造读了那天报纸上有关中国时局的报道,静静地听着。伯父对人的好恶极其强烈,如果是他不待见的人,他连报纸都不会让他读的。
【日】 次に三造が受取った伯父についての報知は、いよいよ胃癌で到底助かる見込の無いことを伯父自身に知らせたということ――それは、もうずっと以前から分っていたことだが、病人の請うままにそれを告げてよいか、どうかを医者が親戚たちに計った時、伯父の平生の気質から推して、本当のことをはっきり言ってしまった方がかえって落着いた綺麗な往生が遂げられるだろうと、一同が答えたのであるという。――そして、どうせ助からないなら病院よりは、というので、洗足の家へ引移ったということであった。
【中】 接下来三造接到的关于伯父的通知,是说已经告诉伯父本人他患了胃癌,已绝对没有得救的指望了——这其实是早就知道的事,但当医生征求亲戚们的意见,是否可以如病人所求将实情相告时,大家推断以伯父平时的性情,把实情明明白白地告诉他,反而能让他走得更安详体面,于是大家一致同意了。——既然治不好了,与其呆在医院,不如回家,于是便搬到了洗足的家里。
【日】 なお、その親戚の一人からの手紙には、「助かる見込のない事を宣告された時の伯父は、実に従容としていて、顔色一つ変えなかった」と附加えてあった。英雄の最後でも画くようなそういう書きっぷりにはいささか辟易したが、とにかく三造はすぐに洗足の伯父の家へ行った。そうして、ずっと其処に寝泊りして最後まで附添うことにした。
【中】 此外,其中一位亲戚的信上还附笔道:“被宣告无可救药时,伯父实在是从容不迫,面不改色。”那种仿佛在描写英雄末路般的笔调让三造感到有些倒胃口,但无论如何,三造立刻赶到了洗足伯父的家。并且决定一直吃住在那里,陪护他到最后。
【日】 病気が進むにつれ、人に対する好悪がますますひどくなり側に附添うことを許されるのは、三造の他四、五人しかいなかった。その四、五人にも、伯父は絶えず何か小言を言続けていた。田舎からわざわざ見舞に来た三造の伯母――伯父の妹――などは、何か気に入らぬことがあるとて、病室へも通されなかった。三造にとって一番たまらないのは、伯父が看護婦を罵ることであった。看護婦には、伯父の低声の早口が聞きとれないのである。それを伯父は、少しも言うことを聞かぬ女だ、といって罵った。
【中】 随着病情的加重,他对人的好恶变得更加极端,被允许在身边陪护的,除了三造之外只有四五个人。即便对这四五个人,伯父也总是不停地挑剔。从乡下特意赶来探望的三造的姑母——伯父的妹妹——不知是哪里得罪了他,竟连病房都不让进。对三造来说最难以忍受的,是伯父痛骂护士。护士听不清伯父低沉且语速极快的话。伯父就骂她是个根本不听人话的女人。
【日】 或時は、三造に向って看護婦の面前で、「看護婦を殴れ。殴っても構わん」などと、憤怒に堪えかねた眼付で、しわ嗄れた声を絞りながら叫んだ。利かない上体を、心持、枕から浮かすように務めながら目をけわしくして、衰えた体力を無理にふりしぼるように罵っている伯父の姿は全く悲惨であった。そういう時、最初の看護婦は、――その女は二日ほどいたが堪えられずに帰ってしまった――後を向いて泣出し、二度目の看護婦は不貞腐れて外方を向いていた。三造は、どうにもやり切れぬ傷ましい気持になりながら、何とも手の下しようが無かった。
【中】 有一次,他甚至当着护士的面冲三造喊道:“揍那个护士。揍她也没关系!”他用压抑不住愤怒的眼神,挤出沙哑的声音咆哮着。他努力让无法动弹的上半身稍稍离开枕头,眼神严厉,仿佛在强行榨取衰弱的体力来痛骂别人的模样,实在令人感到悲惨。那种时候,第一位护士——那女人待了两天实在受不了就走了——转过身去哭了起来,而第二位护士则是一脸不悦地扭过头去。三造满心都是难以言喻的痛楚,却又束手无策。
【日】 病人の苦痛は極めて激しいもののようであった。食物という食物は、まるで咽喉に通らないのである。「天ぷらが喰べたい」と伯父が言出した。何処のが良い? と聞くと「はしぜん」だという。親戚の一人が急いで新橋まで行って買って来た。が、ほんの小指の先ほど喰べると、もうすぐに吐出してしまった。まる三週間近く、水の他何にも摂れないので、まるで生きながら餓鬼道に堕ちたようなものであった。例の気象で、伯父はそれを、目をつぶってじっと堪えようとするのである。
【中】 病人的痛苦似乎极其剧烈。任何食物都无法咽下喉咙。“想吃天妇罗。”伯父开口道。问他哪里的好?他说是“桥善”。一位亲戚赶紧跑到新桥去买来了。可是,刚吃了一丁点儿指尖大小,就立刻吐了出来。整整将近三个星期,除了水什么都吃不进,简直就像是活着堕入了饿鬼道一般。以他那一贯的脾气,伯父总是闭着眼睛默默地强忍着。
【日】 時として、堪えに堪えた気力の隙から、かすかな呻きが洩れる。瞑った眼の周囲に苦しそうな深い皺を寄せ、口を堅く閉じ、じっとしていられずに、大きな枕の中で頭をじりじり動かしている。身体には、もうほんの少しの肉も残されていない。意識が明瞭なので、それだけ苦痛が激しいのである。筋だらけの両の手の指を硬くこわばらせ、その指先で、寝衣の襟から出たこつこつの咽喉骨や胸骨のあたりを小刻みに顫えながら押える。その胸の辺が呼吸と共に力なく上下するのを見ていると、三造にも伯父の肉体の苦痛が蔽いかぶさって来るような気がした。
【中】 有时,在忍耐到了极限的防线缝隙中,会漏出微弱的呻吟声。闭着的双眼周围挤满了痛苦而深深的皱纹,嘴巴紧闭着,实在忍受不住时,便在大枕头里焦躁地挪动着脑袋。身上已经没有哪怕一丁点儿的肉了。因为意识清醒,所以痛苦也就越发剧烈。他僵硬地绷紧满是青筋的双手手指,颤抖着用指尖按住从睡衣领口露出的骨瘦如柴的喉结和胸骨附近。看着他胸部随着呼吸无力地起伏,三造仿佛觉得伯父肉体上的痛苦也正笼罩在自己身上。
【日】 しまいに、伯父は、薬で殺してくれと言出した。医者は、それは出来ないと言った。だが、苦痛を軽くするために、死ぬまで、薬で睡眠状態を持続させて置くことは許されるだろう、と附加えた。結局、その手段が採られることになった。いよいよその薬をのむという前に、三造は伯父に呼ばれた。側には、ほかに伯父の従弟に当る男と、及び、伯父の五十年来の友人であり弟子でもある老人とがいた。伯父は扶けられて、やっと蒲団の上に起きて坐り、夜具を三方に高く積ませて、それに凭って辛うじて身を支えた。伯父は側にいる三人の名を一人一人呼んで床の上に来させ、その手を握りながら、別れの挨拶をした。
【中】 最后,伯父嚷着要吃药寻死。医生说这做不到。但补充说,为了减轻痛苦,可以通过药物让他一直保持睡眠状态直到离世,这是允许的。最终决定采取这个方案。就在终于要喝下那个药之前,三造被伯父叫了过去。旁边还有伯父的堂弟,以及一位既是伯父五十年老友又是其弟子的老人。伯父在别人的搀扶下,终于在铺盖上坐了起来,让人把被褥在三面叠得高高的,靠在上面勉强支撑着身体。伯父一一叫着旁边三人的名字,让他们来到床边,握着他们的手作最后的告别。
【日】 伯父が握手をするのはちょっと不思議であったが、恐らく、それがその時の伯父には最も自然な愛情の表現法だったのであろう。三造は、他の二人の握手を見ながら、多少の困惑を交えた驚きを感じていた。最後に彼が呼ばれた。彼が近づくと、伯父は真白な細く堅い手を彼の掌に握らせながら、「お前にも色々厄介を掛けた」と、とぎれとぎれの声で言った。三造は眼を上げて伯父の顔を見た。と、静かに彼を見詰めている伯父の視線にぶっつかった。その眼の光の静かな美しさにひどく打たれ、彼は覚えず伯父の手を強く握りしめた。不思議な感動が身体を顫わせるのを彼は感じた。
【中】 伯父会去握手让人觉得有些不可思议,但这恐怕就是当时的伯父最为自然地表达感情的方式了吧。三造看着伯父和另外两人的握手,心中感到一丝混杂着困惑的惊讶。最后轮到他了。他走上前,伯父将苍白细瘦且僵硬的手放在他的掌心里,用断断续续的声音说道:“也给你添了不少麻烦。”三造抬起眼睛看向伯父的脸。正迎上伯父静静注视着他的目光。他被那目光中宁静的美深深打动了,不由自主地紧紧回握住了伯父的手。他感到一种不可思议的感动让全身颤抖起来。
【日】 それから伯父はその薬を飲み、やがて寝入ってしまった。三造はその晩ずっと、眠続けている伯父の側について見守った。一時の感動が過ぎると、彼には先刻の所作が――また、それに感動させられた自分が少々気羞しく思出されて来る。彼はそれを忌々しく思い、その反動として、今度は、伯父の死についてあくまで冷静な観察をもち続けようとの心構えを固めるのである。青い風呂敷で電燈を覆ったので、部屋は海の底のような光の中に沈んでいる。
【中】 随后伯父服下了药,不久便沉沉睡去。那天晚上,三造一直守在沉睡的伯父身边。一时的感动过后,回想起刚才的举动——以及被感动的自己,他感到有些难为情。他对此感到懊恼,作为反弹,他决定这一次要对伯父的死亡保持绝对冷静的观察。因为用蓝色的包袱布罩住了电灯,房间沉浸在犹如海底般的光线中。
【日】 そのうす暗さの真中にぼんやり浮かび上った端正な伯父の寝顔には、もはや、先刻までの激しい苦痛の跡は見られないようである。その寝顔を横から眺めながら、彼は伯父の生涯だの、自分との間の交渉だの、また病気になる前後の事情だのを色々と思いかえして見る。突然、ある妙な考えが彼の中に起って来た。「こうして伯父が寝ている側で、伯父の性質の一つ一つを意地悪く検討して行って見てやろう。感情的になりやすい周囲の中にあって、どれほど自分は客観的な物の見方が出来るか、を試すために」と、そういう考えが起って来たのである。(若い頃の或る時期には、全く後から考えると汗顔のほかは無い・未熟な精神的擬態を採ることがあるものだ。この場合も明らかにその一つだった。)その子供らしい試みのために彼は、携帯用の小型日記を取り出し、暗い電気の下でボツボツ次のような備忘録風のものを書き始めた。書留めて行く中に、伯父の性質の、というよりも、伯父と彼自身との精神的類似に関するとりとめのない考察のようなものになって行った。
【中】 在昏暗中隐约浮现出的伯父端正的睡颜上,已经看不到刚才剧烈痛苦的痕迹了。他从侧面凝视着那睡颜,回想着伯父的一生,他们之间的交集,以及伯父生病前后的种种情形。突然,他脑海中冒出了一个奇妙的想法:“趁着伯父睡在这里,让我来恶意地剖析一下他的每一个性格特征吧。看看在容易情绪化的环境中,我究竟能保持多么客观的观察视角。”——他产生了这样的念头。(年轻时候的某个阶段,往往会采取一些事后想来只会令人汗颜的、不成熟的心理防御伪装。这件事显然也是其中之一。)为了这个孩子气的尝试,他掏出便携式小日记本,在昏暗的灯光下断断续续地写下了如下备忘录般的内容。写着写着,与其说是在记录伯父的性格,不如说是变成了关于伯父与他自身精神相似性的漫无边际的考证。
四
【日】 (一) 彼の意志、(と三造は、まず書いた。)
【中】 (一) 他的意志,(三造首先写道。)
【日】 自分がかつてその下に訓練され陶冶された紀律の命ずる方向に向っては、絶対盲目的に努力し得ること。それ以外のことに対しては全然意志的な努力を試みない。一見すこぶる鞏固であるかに見える彼の意志も、その用いられ方が甚だ保守的であって、全然未知な精神的分野の開拓に向って、それが用いられることは決して無い。
【中】 对于那些他曾经在其中受过训练和熏陶的纪律所指引的方向,他能够进行绝对盲目的努力。而对除此以外的事物,则完全不作任何意志上的尝试。他那看似无比坚固的意志,其运用方式却是极其保守的,绝不会被用来去开拓完全未知的精神领域。
【日】 (二) 彼の感情
【中】 (二) 他的情感
【日】 論理的推論は学問的理解の過程において多少示されるに過ぎず(実はそれさえ甚だ飛躍的なものであるが)、彼の日常生活には全然見られない。行動の動機はことごとく感情から出発している。甚だ理性的でない。その没理性的な感情の強烈さは、時に(本末顛倒的な、)執拗醜悪な面貌を呈する。彼の強情がそれである。が、また、時として、それは子供のような純粋な「没利害」の美しさを示すこともある。
【中】 逻辑推论仅仅在学术理解的过程中稍微有所体现(实际上,即便如此,也是非常跳跃的),在他的日常生活中则完全见不到。行动的动机全都是从情感出发。极不理性。这种非理性情感的强烈程度,有时会呈现出(本末倒置的)固执和丑陋的面貌。他的倔强便是如此。但是,有时它又会展现出如孩童般纯粹的“无利益冲突”的美。
【日】 自己、及び自己の教養に対する強い確信にもかかわらず、なお、自己の教養以外にも多くの学問的世界のあることを知るが故に、彼はしばしば(殊に青年たちの前にあって、)それらの世界への理解を示そうとする。――多くの場合、それは無益な努力であり、時に、滑稽でさえある。――しかもこの他の世界への理解の努力は、常に、悟性的な概念的な学問的な範囲にのみ止まっていて、決して、感情的に異った世界、性格的に違った人間の世界にまでは及ばないのである。かかる理解を示そうとする努力、――新しい時代に置き去りにされまいとする焦躁――が、彼の表面に現れる最も著しい弱さである。
【中】 尽管对他自己及其自身的教养有着强烈的自信,但因为他同时也知道在自己的教养之外,还有许多其他的学术世界,所以他经常(特别是在年轻人面前)试图表现出对那些世界的理解。——在很多情况下,那都是徒劳的努力,有时甚至显得滑稽。——而且,这种试图理解其他世界的努力,始终只停留在悟性的、概念性的和学术性的范围内,绝不会延伸到情感上不同的世界、或是性格不同的人的世界中。这种企图展示理解的努力——这种不愿被新时代抛弃的焦躁——是他表面上展现出的最明显的弱点。
【日】 (ここまで書いて来た三造は、絶えず自分につきまとっている気持――自分自身の中にある所のものを憎み、自身の中に無いものを希求している彼の気持――が、伯父に対する彼の見方に非常に影響していることに気が付き始めた。彼は自分自身の中に、何かしら「乏しさ」のあることを自ら感じていた。そして、それを甚だしく嫌って、すべて、豊かさの感じられる(鋭さなどはその場合、ない方が良かった)ものへ、強い希求を感じていた。この豊かさを求める三造の気持が、伯父自身の中に、――その人間の中に、その言動の一つ一つの中に見出される禿鷹のような「鋭い乏しさ」に出会って、烈しく反撥するのであろう。彼はこんなことを考えながら、書続けて行った。)
【中】 (写到这里,三造开始意识到,一直纠缠着他的那种心情——那种憎恨自身所拥有的、渴求自身所没有的情感——极大地影响了他对伯父的看法。他自己也感觉到自身存在着某种“匮乏”。他极度厌恶这一点,所以对一切能让人感到丰富的东西(在这种情况下,没有所谓的敏锐反而是件好事)抱有强烈的渴望。三造这种追求丰富的心情,在遇到伯父自身——在那个人的身上,在他一言一行的细节中所展现出的如秃鹫般“尖锐的匮乏”时,产生了强烈的抵触情绪。他一边这样想着,一边继续往下写。)
【日】 (三) 移り気
【中】 (三) 见异思迁
【日】 彼の感情も意志も、その儒教倫理(とばかりは言えない。その儒教道徳と、それからやや喰み出した、彼の強烈な自己中心的な感情との混合体である。)への服従以外においては、質的にはすこぶる強烈であるが、時間的には甚だしく永続的でない。移り気なのである。
【中】 无论是他的情感还是意志,除了对儒家伦理(也不能完全这么说。那是儒家道德与稍稍溢出其外的、他强烈的自我中心情感的混合体。)的服从之外,虽然在质量上极为强烈,但在时间上却非常缺乏持久性。总是见异思迁的。
【日】 これには、彼の幼時からの書斎的俊敏が大いにあずかっている。彼が一生ついに何らのまとまった労作をも残し得なかったのはこの故である。決して彼が不遇なのでも何でもない。その自己の才能に対する無反省な過信はほとんど滑稽に近い。時に、それは失敗者の負惜みからの擬態とも取れた。若い者の前では、つとめて、新時代への理解を示そうとしながら、しかも、その物の見方の、どうにもならない頑冥さにおいて、宛然一個のドン・キホーテだったのは悲惨なことであった。しかも、彼が記憶力や解釈的思索力(つまり東洋的悟性)において異常に優れており、かつ、その気質は最後まで、我儘な、だが没利害的な純粋を保っており、また、その気魄の烈しさが遥かに常人を超えていたことが一層彼を悲惨に見せるのである。それは、東洋がいまだ近代の侵害を受ける以前の、或る一つのすぐれた精神の型の博物館的標本である。…………
【中】 这很大程度上归咎于他自幼在书房里养成的敏锐。他之所以一生最终都没能留下任何一部完整的著作,原因就在于此。这绝对不是他生不逢时之类的。那种对自身才能毫无反省的过度自信简直近乎滑稽。有时,这也可以看作是失败者出于不服输而做出的伪装。在年轻人面前,他极力想表现出对新时代的理解,然而他看事物的视角又是那般无可救药的顽固,宛如一个堂吉诃德,这实在是有些可悲。而且,他在记忆力和解释性思辨力(也就是东洋式的悟性)方面异常出众,且其秉性直到最后都保持着任性却无利益纠葛的纯粹,加上他那远超常人的刚烈气魄,反而让他显得更加悲惨。这是东洋在遭受近代文明入侵之前,某种优秀精神类型的博物馆式的标本。…………
【日】 (このような批判を心の中に繰返しながら、三造は、こう考えている自分自身の物の見方が、あまりに生温い古臭いものであることに思い及ばないわけには行かなかった。伯父の一つの道への盲信を憐れむ(あるいは羨む)ことは、同時に自らの左顧右眄的な生き方を表白することになるではないか。して見れば彼自らも、伯父と同様、新しい時代精神の予感だけはもちながら、結局、古い時代思潮から一歩も出られない滑稽な存在となるのでないか。(ただ、それは伯父と比べて、半世紀だけ時代をずらしたにすぎない。)伯父のようになるであろうと言った彼の従姉の予言があたることになるではないか。…………)
【中】 (在心里反复咀嚼着这些批判的同时,三造也不得不想到,自己现在这样看问题的视角,是不是也太过温吞和老派了。怜悯(或者说羡慕)伯父对某一条道路的盲信,这难道不也同时暴露了自己左顾右盼的生活方式吗?这么看来,他自己不也和伯父一样,仅仅抱有对新时代精神的预感,最终却一步也跨不出旧时代思潮的滑稽存在吗?(只不过,和伯父相比,时代推迟了半个世纪而已。)他表姐说他会变得像伯父那样的预言,难道真的要应验了吗?…………)
【日】 彼は少々忌々しくなって、文章を続ける気がしなくなり、今度は表のようなものをこしらえるつもりで、日記帖の真中に横に線を引き、上に、伯父から享けたもの、と書き、下に、伯父と反対の点と書いた。そうして伯父と自分との類似や相違を其処に書き入れようとしたのである。
【中】 他感到有些烦躁,便没了继续写文章的心情。这次他打算做个表格一类的东西,在日记本的中间画了一条横线,上面写上“从伯父那里继承来的东西”,下面写上“与伯父相反的地方”。他试图将伯父与自己的相似和不同之处填在里面。
【日】 伯父から享けたものとしては、まず、その非論理的な傾向、気まぐれ、現実に疎い理想主義的な気質などが挙げられると、三造は考えた。穿ったような見方をするようでいて、実は大変に甘いお人好しである点なども、その一つであろう。三造も時に他人から記憶が良いと言われることがあるが、これも伯父から享けたものかも知れない。肉体的にいえば、伯父のはっきりした男性的な風貌に似なかったことは残念だったが、顱頂の極めてまん円な所(誰だって大体は円いに違いないが、案外でこぼこがあったり、上が平らだったり、後が絶壁だったりするものだ。)だけは、確かに似ている。
【中】 从伯父那里继承来的东西,首先能想到的就是那种非逻辑的倾向、见异思迁、脱离现实的理想主义气质等等,三造想。看似眼光毒辣,实际上却是个非常容易轻信的老好人,这一点大概也是其中之一吧。三造有时也会被别人夸记忆力好,这或许也是遗传自伯父。从肉体上来说,没能遗传到伯父那种鲜明的男性风貌固然有些遗憾,但极其浑圆的头顶(虽说大家的头大概都是圆的,但意外地会有凹凸不平、头顶扁平或是后脑勺像悬崖一样平的情况。)这一点,确实很像。
【日】 しかし、伯父との間に最も共通した気質は何だろう。あるいは、二人ともに、小動物、殊に猫を愛好する所がそれかも知れぬ、と、三造は気が付いた。一つの情景が今三造の眼の前に浮んで来る。何でも夏の夕方で、彼はまだ小学校の三年生位である。次第に暮れて行く庭の隅で、彼が小さなシャベルで土を掘っている側に、伯父が小刀で白木を削っている。二人が共に非常に可愛がっていた三毛猫が何処かで猫イラズでも喰べたらしく、その朝、外から帰って来ると、黄色い塊を吐いて、やがて死んでしまった。その墓を二人はこしらえているのである。土が掘れると、猫の死骸を埋め、丁寧に土をかけて、伯父がその上に、白木の印を立てる。黄色く暮れ残った空に蚊柱の廻る音を聞きながら、三造はその前にしゃがんで手を合わせる。伯父は彼の後に立って、手の土を払いながら、黙ってそれを見ている。
【中】 可是,和伯父之间最共通的气质是什么呢?也许,两人都非常喜爱小动物,尤其是猫,这才是最共通的吧,三造忽然意识到。此时,一个情景浮现在三造眼前。那大概是一个夏日的傍晚,他大约还在上小学三年级。在渐渐暗下来的庭院角落里,他正用小铲子挖土,伯父在旁边用小刀削着一块白木。两人都非常疼爱的一只三花猫,不知在哪里吃到了老鼠药之类的东西,那天早晨从外面回来后,吐出一块黄色的硬块,不久就死了。两人正在为它修坟。挖好坑后,埋下猫的尸体,细心地盖上土,伯父在上面插上那块白木牌作为标记。在残留着黄色暮光的天空下,听着蚊柱盘旋的嗡嗡声,三造蹲在坟前双手合十。伯父站在他身后,一边拍去手上的泥土,一边默默地看着这一幕。
五
【日】 伯父はその晩ずっと睡り続けた。次の日の昼頃、ひょいと眼をあけたが、何も認めることが出来ないようであった。空をみつめた眼玉をぐるりと一廻転させると、すぐにまた、瞼を閉じた。そしてそのまま、微かな寝息を立てて、眠り続けた。
【中】 伯父那天晚上一直睡着。第二天中午时分,他猛地睁开眼睛,但似乎什么也看不见了。他那望着虚空的眼珠转了一圈,很快又闭上了眼皮。然后就那样发出微弱的呼吸声,继续睡着了。
【日】 その晩八時頃、三造が風呂にはいっていると、すぐ外の廊下を食堂(洗足の伯父の家は半ば洋風になっていた)から、伯父の病室の方へバタバタ四、五人の急ぎ足のスリッパの音が聞えた。彼は「はっ」と思ったが、どうせ睡眠状態のままなのだから、と、そう考えて、身体を洗ってから、廊下へ出た。病室へはいると、昼間の姿勢のままにねている伯父を真中にして、その日、朝からこの家につめかけていた四人の親戚たちやこの家の家族たちが、大方黙って下を向いていた。彼が障子をあけてはいっても誰も振向かない。彼らの環の中にはいって座を占め、伯父の顔を眺めた。かすかな寝息ももう聞えなかった。彼はしばらく見ていた。が、何の感動も起らなかった。
【中】 那天晚上八点左右,三造正在洗澡,听到就在外面的走廊上,四五个人穿着拖鞋急匆匆地从餐厅(洗足伯父的家是半洋式的)跑向伯父的病房,发出啪嗒啪嗒的声音。他心里“咯噔”一下,但心想反正还在睡眠状态中,便洗完身体,这才走到了走廊上。走进病房,只见保持着白天姿势躺在正中间的伯父周围,那天从早晨起就等候在家的四位亲戚以及这家的家人们,大都默默地低着头。即使他拉开拉门走进去,也没有人回头。他走进他们围成的圈子里坐下,端详着伯父的脸。微弱的呼吸声也听不见了。他看了一会儿。但是,没有产生任何感动。
【日】 突然、笑い声のような短く高い叫びが、彼の一人おいて隣から起った。それは二、三年前女学校を出たこの家の娘であった。彼女はハンケチで顔をおおって深く下を向いたまま、小刻みに肩のあたりを顫わせている。この従妹が三日ほど前、水の飲ませ方が悪いと言って、ひどく伯父から叱られて泣いていたのを三造は思い出した。
【中】 突然,一阵像笑声一样短促高亢的叫声,从隔了他一个人的位子传出。那是这家里两三年前从女校毕业的女儿。她用手帕捂着脸,深深地低下头,肩膀不住地颤抖着。三造想起大约三天前,这位表妹就因为喂水的方式不对,被伯父严厉斥责而哭泣的事。
【日】 棺は翌朝来た。それまでに伯父の身体はすっかり白装束に着換えさせられていた。元来小柄な伯父の、経帷子を着て横たわった姿は、ちょうど、子供のようであった。その小さな身体の上部を洗足の伯父が持ち、下を看護婦が支えて、白木の棺に入れた時、三造は、こんな小さな痩せっぽちな伯父がこれから一人ぼっちで棺の中に入らなければならないのかと思って、ひどく傷々しい気がした。それは、哀れ、とよりほか言いようのない気持であった。
【中】 棺材是第二天早晨送来的。在那之前,伯父的身体已经全被换上了白色的殓服。本来就身材矮小的伯父,穿着经帷子躺在那里的身姿,简直就像个孩子。洗足伯父抱起那小小的身躯上半部,护士托着下半部,将他放入白木棺材时,三造心想,如此瘦小的伯父从今往后就要孤零零地躺在棺材里了,心里顿时感到一阵难言的凄楚。那是一种除了用“可怜”来形容之外别无他词的心情。
【日】 小さな枕どもに埋まって、ちょこんと小さく寝ている伯父を見ている中に、その痩せた白い身体の中が次第に透きとおって来て、筋や臓腑がみんな消えてしまい、その代りに何ともいえない哀れさ寂しさがその中に一杯になってくるように思われた。敬われはしたかも知れないが竟に誰にも愛されず、孤独な放浪の中に一生を送った伯父の、その生涯の寂しさと心細さとが、今、この棺桶の中に一杯になって、それが、ひしひしと三造の方まで流れ出して来るかのように思われるのであった。
【中】 看着埋在小小的枕头中、可怜巴巴地蜷缩着睡去的伯父,那具瘦削苍白的躯体仿佛渐渐变得透明起来,筋骨和内脏全都消失了,取而代之的是一种无法言喻的悲哀和寂寥感盈满了其中。受人尊敬或许是有的,但终究没有被任何人爱过,在孤独的流浪中度过一生的伯父,他那生涯的寂寞与无助,此刻仿佛充满了这口棺材,并且正阵阵向三造涌来。
【日】 昔、自分と一緒に猫を埋めた時の伯父の姿や、昨夜、薬をのむ前に「お前にも色々世話になった。」と言った伯父の声が(低い、嗄れた声がそのまま)三造の頭の奥をちらりと掠めて過ぎた。突然、熱いものがグッと押上げて来、あわてて手をやるひまもなく、大粒の涙が一つポタリと垂れた。彼は自分で吃驚しながら、また、人に見られるのを恥じて、手の甲で頻りに拭った。が、拭っても拭っても、涙は止まらなかった。彼は自分の不覚が腹立たしく、下を向いたまま廊下へ出ると、下駄をひっかけて庭へ下りて行った。六月の中旬のことで、庭の隅には丈の高い紅と白とのスウィートピイが美しく簇がり咲いていた。花の前に立って、三造は、しばらく涙の涸くのを待った。
【中】 昔日和自己一起埋葬猫时伯父的身影,以及昨夜服药前说那句“也受了你不少照顾”时伯父的声音(那低沉沙哑的声音原封不动地)在三造的脑海深处一闪而过。突然,一股热流猛地涌了上来,连急忙用手去捂都来不及,一大滴眼泪吧嗒掉了下来。他自己也吃了一惊,又怕被人看见觉得羞愧,便不断用手背去擦。可是,擦了又擦,眼泪还是止不住。他对自己如此失态感到气恼,低着头走到走廊,趿拉上木屐下了庭院。那是六月中旬的事了,庭院角落里,高高的红白相间的香豌豆正美丽地簇拥着盛开。三造站在花前,等了好一会儿,直到泪水干涸。
六
【日】 伯父の遺稿集の巻末につけた、お髯の伯父の跋によれば、死んだ伯父は「狷介ニシテ善ク罵リ、人ヲ仮ス能ハズ。人マタ因ツテ之ヲ仮スコトナシ。大抵視テ以テ狂トナス。遂ニ自ラ号シテ斗南狂夫トイフ。」とある。従って、その遺稿集は、『斗南存稾』と題されている。この『斗南存稾』を前にしながら、三造は、これを図書館へ持って行ったものか、どうかと頻りに躊躇している。(お髯の伯父から、これを帝大と一高の図書館へ納めるように、いいつけられているのである。)
【中】 根据附在伯父遗稿集卷末的那位胡子伯父写的跋,死去的伯父“狷介好骂,不能假借于人。人亦因之而不假借于他。大抵皆视其为狂。遂自号斗南狂夫。”因此,那部遗稿集被题名为《斗南存稿》。面对这本《斗南存稿》,三造正反复犹豫着到底要不要把它送到图书馆去。(胡子伯父嘱咐他,要把它捐赠到帝国大学和第一高中的图书馆。)
【日】 図書館へ持って行って寄贈を申し出る時、著者と自分との関係を聞かれることはないだろうか? その時「私の伯父の書いたものです」と、昂然と答えられるだろうか? 書物の内容の価値とか、著者の有名無名とかいうことでなしに、ただ、「自分の伯父の書いたものを、得々として自分が持って行く」という事の中に、何か、おしつけがましい、図々しさがあるような気がして、神経質の三造には、堪えられないのである。が、また、一方、伯父が文名嘖々たる大家ででもあったなら、案外、自分は得意になって持って行くような軽薄児ではないか、とも考えられる。三造は色々に迷った。
【中】 拿到图书馆去提出捐赠时,会不会被问及作者与自己的关系?那时候,自己能昂然地回答“这是我伯父写的”吗?抛开书籍内容的价值、作者是否出名不谈,单单是“得意洋洋地把伯父写的东西拿去送人”这件事本身,就让他觉得有一种强加于人、厚颜无耻的意味,这让神经质的三造难以忍受。但从另一方面想,如果伯父是位文名显赫的大家,自己说不定又会是个得意洋洋地拿去捐赠的轻薄儿了吧。三造陷入了各种纠结。
【日】 とにかく、こんな心遣いが多少病的なものであることは、彼も自分で気がついている。しかし、自己的な虚栄的なこういう気持を、別に、死んだ伯父に対して済まないとは考えない。ただ、この書の寄贈を彼に託した親戚や家人たちが、この気持を知ったら烈しく責めるだろうと思うのである。
【中】 总之,他也意识到自己这种顾虑多少有些病态。但是,他并不觉得这种自我且虚荣的心态对死去的伯父有什么对不住的。只是觉得,把捐赠此书的差事交托给他的亲戚和家人要是知道了他的这种想法,一定会严厉地责备他吧。
【日】 だが、結局彼は、それを図書館に納めることにした。生前、伯父に対してほとんど愛情を抱かなかった罪ほろぼしという気持も、少しは手伝ったのである。実際、近頃になっても伯父について思出すことといえば、大抵、伯父にとって意地の悪い事柄ばかりであった。死ぬ一月ばかり前に、伯父が遺言のようなものを予め書いた。「勿葬、勿墳、勿碑。」(葬式を出すな。墓に埋めるな。碑を立てるな。)これを死後、新聞の死亡通知に出した時、「勿墳」が誤植で、「勿憤」になっていた。一生を焦躁と憤懣の中に送った伯父の遺言が、皮肉にも、憤る勿れ、となっていたのである。三造の思出すのは大抵このような意地の悪いことばかりだった。
【中】 不过,最终他还是决定把它捐到图书馆去了。这也是带有一点为了生前对伯父几乎没怎么怀抱过感情而赎罪的心情。实际上,即便到了最近,只要回想起伯父的事,大抵都是些对伯父来说很刻薄的细节。在离世前大约一个月,伯父预先写下了类似遗言的东西。“勿葬、勿坟、勿碑。”(别办葬礼。别建坟墓。别立墓碑。)在他死后,报纸刊登讣告时,“勿坟”被错排成了“勿愤”。一生在焦躁和愤懑中度过的伯父,他的遗言,竟然讽刺地变成了“勿愤”。三造能想起来的,大概都是这种带着恶意的轶事。
【日】 ただ、一、二年前と少し違って来たのは、ようやく近頃になって彼は、当時の伯父に対する自分のひねくれた気持の中に「余りに子供っぽい性急な自己反省」と、「自分が最も嫌っていたはずの乏しさ」とを見るようになったことである。
【中】 只是,与一两年前稍微有所不同的是,直到最近,他终于在当年对伯父的那种别扭情绪中,看到了“过于孩子气的急躁的自我反省”,以及“自己原本最厌恶的匮乏”。
【日】 彼は、軽い罪ほろぼしの気持で『斗南存稾』を大学と高等学校の図書館に納めることにした。但し、神経の浪費を防ぐために、郵便小包で送ろうと考えたのである。図書館に納めることが功徳になるか、どうかすこぶる疑問だな、などと思いながら、彼は、渋紙を探して小包を作りにかかった。
【中】 他怀着轻松的赎罪心情,决定把《斗南存稿》捐赠给大学和高中的图书馆。不过,为了避免浪费精力,他打算用邮政包裹寄过去。捐到图书馆里算不算是积了功德,还真值得怀疑呢,他一边这么想着,一边找来包油纸,开始打包。
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【日】 右の一文は、昭和七年の頃、別に創作のつもりではなく、一つの私記として書かれたものである。十年経つと、しかし、時勢も変り、個人も成長する。現在の三造には、伯父の遺作を図書館に寄贈するのを躊躇する心理的理由が、もはや余りにも滑稽な羞恥としか映らない。十年前の彼は、自分が伯父を少しも愛していないと、本気で、そう考えていた。人間は何と己の心の在処を自ら知らぬものかと、今にして驚くの外はない。
【中】 上文这篇文字,写于昭和七年左右,并非为了文学创作,而仅仅是作为一篇私人记事写下的。十年过去了,时局变迁,个人也成长了。在现在的三造看来,当初犹豫要不要将伯父遗作捐给图书馆的心理原因,已经只显得是一种太过滑稽的羞耻感了。十年前的他,曾真心以为自己一丝一毫都不爱伯父。人居然对自己的内心所向如此懵懂无知,如今想来,唯有惊叹。
【日】 伯父の死後七年にして、支那事変が起った時、三造は始めて伯父の著書『支那分割の運命』を繙いて見た。この書はまず袁世凱・孫逸仙の人物月旦に始まり、支那民族性への洞察から、我が国民の彼に対する買被り的同情(この書は大正元年十月刊行。従ってその執筆は民国革命進行中だったことを想起せねばならぬ)を嗤い、一転して、当時の世界情勢、就中欧米列強の東亜侵略の勢を指陳して、「今や支那分割の勢既に成りて復動かすべからず。我が日本の之に対する、如何にせば可ならん。全く分割に与らざらんか。進みて分割に与らんか」と自ら設問し、さて前説が我が民族発展の閉塞を意味するとせば、勢い、欧米諸国に伍して進んで衡を中原に争わねばならぬものの如く見える。
【中】 伯父去世后第七年,中国事变(注:七七事变)爆发时,三造才第一次翻开了伯父的著作《瓜分中国的命运》。该书首先从对袁世凯、孙逸仙的人物评论开篇,从对中华民族性的洞察出发,嘲笑了我国国民对他们那种高估式的同情(此书于大正元年十月出版。因此必须想起其执笔正值民国革命进行之时),笔锋一转,指陈当时的世界情势,特别是欧美列强侵略东亚的趋势,然后自问自答道:“如今瓜分中国之势已成定局,不可动摇。我国日本对此,当如何处之?是完全不参与瓜分?还是进取而参与瓜分?”接着分析,如果前者意味着我国民族发展的停滞,那么顺应时势,似乎就必须与欧美诸国并驾齐驱,进而争衡于中原了。
【日】 しかしながら、この事たる、究極よりこれを見るに「黄人の相食み相闘ふもの」に他ならず、「たとひ我が日本甘んじて白人の牛後となり、二三省の地を割き二三万方里の土地四五千万の人民を得るも、何ぞ黄人の衰滅に補あらん。又何ぞ白人の横行を妨げん。他年煢々孤立、五洲の内を環顧するに一の同種の国なく一の唇歯輔車相倚り相扶くる者なく、徒らに目前区々の小利を貪りて千年不滅の醜名を流さば、豈大東男児無前の羞に非ずや。」という。則ち分割のこと、これに与るも不利、与らざるも不利、然らばこれに対処するの策なきか。曰く、あり。しかも、ただ一つ。即ち日本国力の充実これのみ。「もし我をして絶大の果断、絶大の力量、絶大の抱負あらしめば、我は進んで支那民族分割の運命を挽回せんのみ。四万々生霊を水火塗炭の中に救はんのみ。蓋し大和民族の天職は殆ど之より始まらんか。」思うに「二十世紀の最大問題はそれ殆ど黄白人種の衝突か。」
【中】 然而,此事从终极角度来看,无非是“黄种人同室操戈、自相残杀”,书中写道:“即便我国日本甘作白人之牛后,割得两三省之地,得两三万方里之土地、四五千万之人民,于黄种人之衰亡有何补益?又何以阻挡白人之横行?他年茕茕孑立,环视五洲,竟无一同种之国,无一唇齿相依之邦,徒然贪图眼前区区小利,而留下千年不灭之丑名,岂非大东亚男儿空前之耻辱哉。”也就是说,关于瓜分一事,参与也不利,不参与也不利,那么难道就没有应对之策了吗?答曰:有。而且,只有一个。那便是充实日本的国力。“若使我国有绝大之果断、绝大之力量、绝大之抱负,我国唯有挺身而出,挽回中华民族被瓜分之命运。将四万万生灵拯救于水深火热之中。盖大和民族之天职,恐即始于此乎。”他认为,“二十世纪之最大问题,恐即黄白人种之冲突乎。”
【日】 而して、「我に後来白人を東亜より駆逐せんの絶大理想あり。而して、我が徳我が力能く之を実行するに足らば」則ち始めて日本も救われ、黄人も救われるであろうと。そうして伯父は当時の我が国内各方面について、他日この絶大実力を貯うべき備えありやを顧み、上に聖天子おわしましながら有君而無臣を慨き、政治に外交に教育に、それぞれ得意の辛辣な皮肉を飛ばして、東亜百年のために国民全般の奮起を促しているのである。
【中】 并且断言:“我等当有将来将白人驱逐出东亚之绝大理想。若我国之德、我国之力足以践行此事”,则日本方能获救,黄种人方能获救。于是,伯父审视了当时我国国内各方面,是否有为了他日积蓄此绝大实力而作好准备的状况,感慨虽上有圣明之天子,却“有君而无臣”,在政治、外交、教育等领域,分别抛出了他最擅长的辛辣讽刺,为了东亚百年的大计,大声疾呼全体国民奋起。
【日】 支那事変に先立つこと二十一年、我が国の人口五千万、歳費七億の時代の著作であることを思い、その論旨の概ね正鵠を得ていることに三造は驚いた。もう少し早く読めば良かったと思った。あるいは、生前の伯父に対して必要以上の反撥を感じていたその反動で、死後の伯父に対しては実際以上の評価をして感心したのかも知れない。
【中】 想到这是在中国事变前二十一年、我国人口五千万、国家预算七亿时代的著作,三造对其论点的大体准确感到震惊。他心想,要是能早点读到就好了。也许,是因为生前对伯父感到了超出必要的抵触,作为反作用,在死后反倒给了他超出实际的评价而感到钦佩吧。
【日】 大東亜戦争が始まり、ハワイ海戦や馬来沖海戦の報を聞いた時も、三造のまず思ったのは、この伯父のことであった。十余年前、鬼雄となって我に寇するものを禦ぐべく熊野灘の底深く沈んだこの伯父の遺骨のことであった。鯱か何かに成って敵の軍艦を喰ってやるぞ、といった意味の和歌が、確か、遺筆として与えられたはずだったことを彼は思出し、家中捜し廻って、ようやくそれを見付け出した。既に湿気のためにぐにゃぐにゃになった薄樺色地の二枚の色紙には、瀕死の病者のものとは思われない雄渾な筆つきで、次のような和歌がしたためられていた。
【中】 大东亚战争(注:太平洋战争)爆发,听到夏威夷海战(珍珠港事件)和马来亚海战的捷报时,三造首先想到的也是这位伯父。想到了十多年前,为了化作鬼雄抵御来犯之敌,而沉入熊野滩海底的这位伯父的遗骨。他想起当初伯父作为绝笔留下的,似乎是一首意思是“要化作逆戟鲸吃掉敌舰”的和歌。他在家里翻箱倒柜,终于找了出来。在因受潮而变得软塌塌的两张浅桦色底的色纸上,用简直不像是濒死病人写出的雄浑笔触,写着如下的和歌:
【日】 あが屍野にな埋みそ黒潮の逆さかまく海の底になげうて さかまたはををしきものか熊野浦寄りくるいさな討ちてしやまむ
【中】 不要将我的尸骸埋在荒野,请将其投入黑潮翻滚的海底。 逆戟鲸难道不勇猛吗?我要去讨伐那些进犯熊野浦的鲸(敌舰),不死不休。